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動乱の時代 [評論]



1989年、中国で民主化を求める抗議運動が起きました。
天安門事件として、世界的に認知されている事件です。
あれから33年、今、中国では、再び、抗議活動が起きています。
ゼロコロナ政策に対する抗議活動です。
今回は、民主化運動になる前に弾圧されることになると思いますが、陰ながらエールを送りたいと思います。
中国人民は、白紙を掲げて抗議しています。
それは、中国では、「岸田政権を打倒せよ」とか「安倍晋三を殺せ」というプラカードを掲げることが出来ないからです。
都市封鎖、行動制限、検査の義務化により、物理的に自由が制限されていることで、中国人民も自由の意味を再確認したようです。
大学でも、単発的に抗議集会は開かれていますが、まだ、本格的な学生運動にはなっていません。大学生が活躍した天安門事件の教訓がありますので、政府も大学も、学生の行動には注意を払っているようです。
プラカードは証拠品になりますから持てませんが、デモ参加者の一部には、「習近平は退陣しろ」とか「自由を」とか「共産党はいらない」という声をあげる者もいて、ゼロコロナ政策に抗議するだけではなく、反政府運動の一面も見せています。
警察の取り締まりも強くなりました。逮捕者も出ています。それでも、消されても、消されても、ネット上にはデモの話題が出て来ます。
この抗議活動の発端は、ウルムチでの火災事故だそうです。
ウルムチ市は北京や上海から遠く離れた新疆ウイグル自治区の都市です。夏以降、100日を越える都市封鎖が行われていて、外部から施錠されたマンションで火災が発生して、逃げ遅れて、10人の犠牲者が出たのです。もちろん、10人という数字は政府の言い分であり、現地では40人とも50人とも言われています。高層マンションでの火災だったようですから、そこに住んでいたのはウイグル人ではなく、中国人だったのでしょう。
上海のウルムチ火災の追悼集会が、ゼロコロナ反対集会へと変わりました。
習近平政権にとっては、ウイグル人は「虫けら」に過ぎないのかもしれませんが、犠牲者が漢人だとすると、上海の中国人にとっても他人事ではありません。ウルムチで起きた事件であれば、上海で起きても不思議ではないと思っているのでしょう。
中国全土で20,000ヶ所、北京でも、ビルやマンションが、5,000ヶ所以上、外部から鎖で封鎖されています。出入りが出来ません。
先月、北京の歩道橋に抗議の垂れ幕を掲げて逮捕された人の話を書きましたが、今度は、一人ではなく、上海だけでも数百人の規模になっています。上海だけではなく、北京でも武漢でも、その他の都市でも抗議活動は起きていますので、1カ月で数万人規模の抗議活動へと変化したようです。
中国共産党は、危険を察知して、取り締まりを強化したようです。海外のニュースでは、人民軍の動員もあり得ると報じています。
ゼロコロナ政策で行動制限をされている人民が何人いるのかは知りませんが、数百万人、或いは、数千万人かもしれません。そのほぼ100%の人達が不満を持っています。数百万人が、数千万人が、抗議活動に参加されたのでは体制維持が難しくなりますので、取り締まりの強化は不可欠だったのでしょう。
ただ、そう簡単にゼロコロナ政策はやめるわけにはいきません。
中国の人口は14億人です。
人口1億人の日本でも、20万人から30万人の感染者が出たことを考えると、毎日400万人の感染者が出ても不思議ではありません。シンガポールの報道では、1000万人の感染者が出るという予測もあると報じています。
そんなことになれば、平時でも脆弱だと言われている医療体制がもちません。オミクロン株が弱毒化したとは言え、重症者は出ますし、死者もるのです。医療提供が出来ない場合は、致死率が上がる可能性が高くなります。
仮に、毎日400万人の感染者が出て、医療崩壊が起きて、致死率が1%になったとすると、毎日、4万人が死にます。5%になれば、毎日、20万人が死ぬのです。もちろん、政府発表の死者数は違うのでしょうが、噂は大きく膨れ上がるものです。「毎日、100万人死んでいるらしい」という噂が出るかもしれません。人民が、パニックになっても不思議ではありません。パニックが暴動になることなんて、普通に起きることです。
それは、国家的な危機です。ですから、ゼロコロナはやめられません。
習王朝が始まったばかりなのに、皇帝は窮地に立たされています。
コロナだけなら、乗り越えられるかもしれませんが、もしも、不幸が不幸を呼ぶような事態が生まれれば、それは厄介なことになります。
不動産バブルは、今のところ、大崩壊を迎えていませんが、これも、大きな地雷原です。
経済成長の鈍化で、倒産や失業が増えているのも、地雷です。
プーチンも地雷の一つかもしれません。
対外的にも、いくつもの地雷を抱えています。
「あれ」も「これ」も「ブルータス、お前もか」は起きうるのです。
習皇帝の手腕が問われることになりました。いや、手腕の問題ではなく、運の問題だと思います。習近平が、どれほどの幸運の持ち主なのかで決まることだと思います。これは、誰にもわかりません。習近平本人にも分からないことだと思います。
さて、習近平が窮地に立つということは、権力闘争が激しくなるということであり、その争いが表面化するということです、
人民暴動が最悪の展開ですから、習近平は、先ず、人民を抑えなければなりません。
ゼロコロナがやめられないのであれば、人民の関心を別のものに向ける必要があります。
丁度、台湾の地方選挙で与党が敗北したところです。
いや、選挙介入をし、中国政府の戦略が功を奏したところです。
台湾侵攻のチャンスでもあります。
米中戦争を始めれば、「コロナで騒いている時ではない、アメリカに占領されてもいいのか」と言えます。
米中開戦が、習皇帝の幸運になるのか不運になるのかはわかりませんが、国内の事態打開にはなります。
どんな展開になるのか、誰にもわかりません。
もしも、最悪の展開になった場合。
全く、準備のできていない日本は、どうするのでしょう。
いや、アメリカだって、準備は出来ていないと思います。
習皇帝が幸運の持ち主であれば、「雨降って地固まる」のかもしれません。
そうこうしている内に、コロナも下火になります。
しかし、米中戦争は泥沼へと向かいます。
さあ、中国で商売をしている海外企業は、どうするのでしょう。
本格的な世界動乱の時代を迎えることだってあり得ます。
これは、神様だって、知らないのではないでしょうか。
北京にとっても、世界にとっても、辺境の地である新疆ウイグル自治区のウルムチという町で起きた一軒の火災が世界動乱の引き金になる可能性があるのです。
ほんとに、人間とは厄介な生き物です。その根っ子にあるのは、「欲」です。もちろん、「欲」は中国だけにあるのではありません。確率は低いかもしれませんが、不幸の神様が、地球全土を覆う可能性だってあると思います。

デモの話題ではありませんが、中国という国を知る記事がありましたので、転記しておきます。スパイ容疑で有罪判決を受けた日本人の証言です。チベットやウイグルや香港とは違い、まだ、日本には気を使っていると思える内容です。彼等は、紳士的に対応したつもりなのかもしれません。
{ 中国で「スパイ活動」を行ったとして実刑判決を受け、10月に解放され帰国した日中青年交流協会の元理事長、鈴木英司氏(65)が拘束から解放までの状況を語った。
鈴木氏は2016年まで200回以上訪中し、日中交流を推進したが、同年7月、帰国直前に北京の空港で拘束。逮捕前に隔離部屋で尋問される「居住監視」が約7カ月間続き、17年に起訴され、19年に懲役6年の実刑判決を受けた。
空港では男6人に車に押し込まれ、アイマスクをつけられ暗い隔離施設に連行された。「弁護士にも会えず本すら読めない。7カ月間で太陽を見たのは15分だけだった」と厳しい居住監視の実態を語った。
起訴理由には、日本の情報機関の代理人として活動し、朝鮮問題を中国外務省に聞いたとする〝違法行為〟が挙げられた。裁判では当局が10年から鈴木氏を監視し、「友好人士のお面をかぶったスパイ」とみていたことも分かった。無実を訴えたが審理は非公開、開廷されたのも一度だけ。孤立無援だったという。}
さて。
この中国の対応は、日本が、独立国であることによるものと思います。もしも、中国領日本自治区になれば、こんな対応はしません。精神的な、肉体的な、暴力に晒されます。特に、女性の皆さんには、隠れるか、逃げるかの方法を見つけてもらう必要があります。チベットでもウイグルでも、レイプは日常的に行われています。実情は明らかになっていませんが、多分、手あたり次第、なのだと思います。特に、若くて、美しい女性は、間違いなく犠牲になると思います。ですから、女性の皆さんこそ、日本の独立を守る必要があるのです。

選択肢がある訳ではありませんが、私は、国民を鎖で封鎖する中国のような国に住みたいとは思いません。女を守れない、子供だって守れない、いや、自分さえも守れない国になりたいとは思いませんが、国民の皆さんは、どう、思っているのでしょう。
物理的に鎖で人民を閉じ込めるのです。確かに、足首ではないとしても、これでは、奴隷時代のようです。
でも、従順な日本の皆さんは、この国が中国領日本自治区になれば、「大人の対応」で、粛々と従うのでしょう。私には、無理です。


2022-12-06



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納得感 [評論]



第三次世界大戦は不可避であり,中国連合軍とアメリカ連合軍の戦いになると書いたのが、いつだったのか忘れましたが、旗幟鮮明になってきたように思います。
戦争の前には、侵略国は、金(金塊)を買い漁るという説があります。ロシアも、ウクライナ戦争の前に大量の金を買ったそうです。そして、今、中国が金を買い漁っています。それも、秘密裏に買っています。戦争準備を始めたと言ってもいいのかもしれません。
中国連合軍の主要参加国は、以前にも書きましたが、ロシアとイランと北朝鮮です。
アメリカ連合軍の参加国が、日本、韓国、台湾、オーストラリアだとしてみます。
兵員数だけでは軍事力の評価はできませんが、それでも、中国連合軍の兵力は、約500万人で、アメリカ連合軍の兵力は、約250万人です。装備、練度、経験でアメリカ連合軍が勝っているとしても、アメリカ連合軍が、絶対優勢などということはありません。
ウクライナ戦争の長期化が、ロシアとイラン、ロシアと北朝鮮の関係を深くしました。中国は、番長ですから、まだ、出番は来ていません。ロシア、イラン、北朝鮮は、単独でも、結託しても、アメリカに太刀打ちできません。中国の配下になって戦うしかありません。それでも、アメリカに屈服するよりは、中国の子分になる道を選ぶことになります。理由は簡単です。アメリカの支配に屈すれば、独裁が維持できないからです。
でも、なぜ、戦争になるのでしょう。国家体制は違っても、共存すれば済むことです。
しかし、中国は、共存を望んでいません。それは、自分が作ったルールで世界を支配したいというのが、彼等の夢だからです。今は、共存が必要ですが、世界一の軍事力を手に入れれば、共存する必要はないのです。世界最強の軍事力を持ち、その武力で他国を中国の支配下に置けば、政治的にも経済的にも支配できるからです。世界の富は中華帝国に集まってきます。ルールも自分で作れます。これが、中華の夢です。チンギスハンが為し得なかった世界征服を実現することが中華の夢です。
アメリカの経済界も、日本の経済界も、中国市場で利益を得てきました。ただ、一方的にアメリカや日本だけが利益を得たのではなく、中国も莫大な利益を得ました。今の中国は、アメリカや日本が育てたと言っても過言ではありません。
EUも、短期的に得られる利益に目が眩み、中国様様で、利益を貪りました。特に、ドイツは、中国とロシアに深入りしてしまいました。この数十年のドイツの発展は、中国抜きでは実現できませんでした。ギリシャもイタリアも、中国なしには国体を維持できませんでした。しかし、中国資本による浸食が顕著になって来て、これは「ヤバイ」と思い始めました。EUは参加各国に「中国依存を減らせ」と言っています。ドイツも中国依存を減らそうとしています。ただ、簡単ではありません。だって、民間企業は、中国と取引をしないということは、倒産を選ぶということです。どこの企業も、そんな選択はしません。
中国は、「世界の企業の皆さんは、14億人の消費者がいる中国を捨てられますか」と言っています。
そんな企業は、世界に一社もありません。
それだけではありません。世界には中国製品が溢れています。
中国の長期戦略は、着々と実を結んでいます。
中国が、国内問題で自滅しなければ、時間の問題で、中国の野望は実現します。
確かに、どこの国の経済界も、中国抜きで経営は語れません。
ただ、政治は、違います。
独裁国家ではなくても、国家権力は強力です。
奴隷になるより、戦うことを選ぶのが民主国家です。
国家は経済的利益だけでは動けないのです。
民主国家の意志は、その国の国民の意志です。中国の支配下で、中国皇帝の指図で、生きることを容認できるとは思えません。自由を体験したことのある西側諸国の国民が納得することはないと思います。アメリカは、今、内向きになっていて、戦争は望んでいませんが、尻に火が付けば別です。
ですから、自然な帰結として、世界大戦が始まるのです。
この地球では、同じ地域に住む人間の意見が対立した時、話し合いが行われます。でも、話し合いで両者が合意できない場合は、力で解決します。人類は、これまで、そのやり方で対立を治めてきました。これまでも、これからも、そのやり方は変わりません。最終的に、人類は、力による現状変更という手段しか持っていないのです。

世界は、風雲急を告げています。
本来、変化に鈍いはずの日本が、国防力の増強を声高に言い始めました。
岸田さんは、自民党内では左派に属していると思いますが、影響力の強い右派の安倍さんがいなくなったのに、勇ましい発言を繰り返しています。
「へら、へら」「よしなに、よしなに」の岸田さんが、国際会議で、中国やロシアを国名を出して非難しました。国名を出しての非難は、超タカ派のアメリカでも抑制的です。
何があったのでしょう。
理性を失っているのでしょうか。
そうではないと思います。これは、国民に知らせることのできない、危険な情報が存在しているということだと思います。
私の妄想に過ぎませんが、「アメリカは、もう、同盟国を守るつもりがない。日本も例外ではない」ことが明白になっているのではないでしょうか。
シリアもアフガニスタンもウクライナも、アメリカの直接の同盟国ではありませんが、アメリカは一歩引いています。アメリカの軍事力に対する信頼感は、大きく後退しているのが現状です。アメリカの国力も無限ではありません。世界展開をしているアメリカ軍の費用は、当該国が一定程度の負担をしていますが、アメリカが自腹を切っていることも事実です。「それなりの支援はしますが、皆さんの国は、皆さんで守ってください」と言われても不思議ではありません。日本政府は、ずっと、「日米安保があるから大丈夫だ」と言い続けてきました。その日米安保神話が壊れたとすると、岸田さんの焦りも頷けます。
ただ、アメリカのフェイクニュースかもしれないという見方もあります。
「なあ、なあ」「まあ、まあ」「ぬらり、くらり」「憲法が・・・」「「国内が・・・」と言って動こうとしない日本政府に業を煮やしたアメリカが流した情報かもしれません。
岸田さんは、脅しには弱そうです。
アメリカに見放されたら、日本は自国を守れません。こんなことは、常識です。
焦ります。
右派とか左派とか、言っている場合ではないのでしょう。
国防力増強は、今や、待ったなしの環境にあるのだと思います。
戦後80年、日本はアメリカのポチに徹してきました。いつも、ご主人様の顔色を見なくてはなりませんので、ご主人様の傍を離れられません。明らかに運動不足です。食べ物も、流動食を食べていたために、歯や顎の力も衰えています。ところが、ある日、突然、首輪を外され「お前は、自由だぞ」と言われたら、どうすればいいのでしょう。近くでは、ご主人様が立ち去るのを、獰猛な中華ドーベルマンと朝鮮狼とシベリア狼が、ポチを見ています。とても、戦って勝てるとは思えません。どうしましょう。
もっと厄介なことがあります。
ポチの仲間の犬は、「平和憲法で日本は守られている」「戦争反対」「平和、平和」と言っています。現実を離れ、神話の世界に安住しています。これも一種のマインドコントロールだと思います。マインドコントロールを解くのは簡単ではありません。今更、「自分の国は、自分で守もろうじゃないか」なんて言っても、聞く耳を持ってくれません。
日本が法治国家で、憲法が最高法規だとすると、憲法には従わねばなりません。
従っていますか。
自衛隊は、どう贔屓目に見ても、憲法違反です。
憲法違反だけど、解釈次第では、憲法違反ではない。これが、常識になっています。
憲法解釈という手法は、まさに、「なあ、なあ」「まあ、まあ」です。
もしも、国を、国民を守るのであれば、憲法を変えなければならなかったのです。
憲法制定以来、一度も、改定していません。
時代は、今、昭和ですか。
現行憲法が制定された時、今のロシアは存在していましたか。今の北朝鮮は存在していましたか。アジア最強の中国は存在していましたか。
この国は、今日まで、自力で国民を守る憲法を持っていなかったのです。いや、明日も、自力で国民生活を守る憲法は持たないと思います。自衛隊という文言を憲法に追加すれば何とかなると考えているのです。
まるで、お伽話の世界に住んでいるように、平和を愛する諸国民の信義という、この世に存在していない、架空の神話を、作文を、信じていたのです。いや、今も、信じています。
ロシアが、北朝鮮が、中国が、平和を愛しているのですか。
日米安保が絶対不変のものだと信じて疑うこともしませんでした。
アメリカが、無条件で、日本を防衛してくれると信じていたのです。
「どんだけ、能天気な国なの」と言われても反論できません。

さて、更に、厄介なことがあります。
いつものことですが、「総論賛成、各論反対」が浮き彫りになる環境になってきました。
防衛力強化賛成、増税反対が、それです。
政府は、防衛力の強化は、増税で賄うという方針です。今は、法人税が候補になっていますが、財源の安定性からは、所得税や消費税に頼る日が来ます。
でも、国民は、生活が苦しいのに、これ以上増税されたら堪ったものじゃない、というのが本音です。
政府と国民、どちらの主張も間違っていません。
どうするのでしょう。
やはり、「なあ、なあ」「まあ、まあ」で決着するのでしょうか。
防衛費は、天から降ってくることはありません。残念ながら、この国で生活する国民の皆さんが負担するという選択肢しかありません。なぜなら、軍(自衛隊)は国民生活を守るためにあるからです。そのシステムに異論のある方は、国を出ていくしかありません。ただし、国防費を負担しなくてもいい国は、この地球上にはありませんから、火星まで行っていただくしかありません。
多分、必要なのは、多くの方が「なるほどな」と思える「納得感」なのだと思います。
人が「なるほど」と納得するためには、「何のために」という目的があってこそ判断できるのですが、この国には、その目的がありません。
これでは納得のしようがありません。
もしも、仮に、国の目的が、実は、天皇と国会議員を守ることだとした時、国民の皆さんは、防衛力が必要だと思えますか。ましてや、天皇や国会議員を守るために、増税を受け入れられますか。そんなこと、納得できないと思います。国防は、私達の生活を守るためのものですから、受け入れるしかないのです。
では、カネだけ出せば、いいのでしょうか。
それで、国が守れるとは思えません。
他国が軍事侵攻してきた時、「あなたは、どうしますか」というアンケートがあります。79カ国で調査したところ、日本は「国を守るために戦う」と答えた人が13%で、ぶっちぎりで、79カ国中の最下位でした。しかも、78位のリトアニアは32%です。この13%という数字は驚異的な数字なのですが、そのことは話題になりません。日本の約9割の皆さんが「国防なんて、俺には関係ねぇ」と信じているのです。「カネを出したくない」「戦いたくもない」では、国を、国民生活を守ることなどできないと思います。
そもそも、目的を見つけるためには、「国とは、国民とは」という言葉の定義をしなければ手に入りません。国の責務、国民の責務 が曖昧なままでは、見つかりません。だから、今まで、目的がなかったのです。これまでは、全部、「なあ、なあ」「まあ、まあ」「なし崩し」でやってきたのです。
また、今回も、「なあ、なあ」「まあ、まあ」「なし崩し」でやるのですか。それで、皆さんは納得できるのですか。
もちろん、防衛費をゼロにし、平和を愛する諸国民の信義とやらを信じることも選択肢です。ただし、信義など存在しなかった場合には、現に、ウクライナでは信義が存在していないことが立証されていますが、チベットやウイグルになる覚悟は必要です。これは、国民の皆さんが決めることです。政府が決めることではありません。
ここは、国民投票をやる局面だと思います。
防衛力増強に賛成な人も、反対な人も、よくわからない人も、その判断基準が曖昧なまま国民投票をやっても、良い結果が出て来るとは思えません。
どんな結論を得るにしても、判断基準が必要だと思います。
「国とは、国民とは」という定義もせずに、判断するということは、目隠しをしたまま断崖を歩くことと同じです。決して、納得できる結論は得られません。
ほんとは、この80年間のどこかの時点で、言葉の定義をして、方向転換しておかなければならなかったのだと思います。「先送り」では何も解決しません。「先送り」の結果、追い詰められて出す結論は、決して、望ましいものにはならないと思います。
必要なのは、目的と責務だと思います。
そろそろ、「なあ、なあ」「まあ、まあ」「なし崩し」を卒業する時です。


2022-12-05



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臍を噛む思い [評論]



エジプトでCOP27が開催されました。
今回のテーマは「損失と損害への補償」だと言われています。
ウクライナ戦争によるエネルギー危機に直面し、排出規制を議論したくない欧州と、カネが欲しい後進国の思惑が一致した結果のテーマになったようです。
だとすると、世界会議は、高邁な理想論を論ずる場ではなく、各々の欲望を満たす戦いの場のようです。ま、それでも、温暖化対策を放棄するわけにはいかないのでしょう。でも、私には、皆さんがドン・キホーテをやっているように見えてなりません。温暖化対策程度で人類絶滅が防げるとは思えないのです。
後進国は、「地球環境を壊したのは、先進国だ。俺達は、その被害者だ。だから、先進国はカネを出せ」と言います。
数の上では、圧倒的に後進国のほうが多いのですから、全会一致の会議では発言力は強くなります。先進国も一枚岩ではありませんので、裏工作も困難です。
2019年のデータで、世界のCO2排出量を見てみましょう。
1位 中国     29.5%
2位 アメリカ   14.0
3位 インド     6.9
4位 ロシア     4.9
5位 日本      3.2
国連加盟の国が196カ国だとすると、残りの191カ国の平均排出量は、1国当たり0.22%です。中国の排出量は、それらの国の平均排出量よりも飛び抜けて多い(130倍)のですが、中国の存在感は感じられません。いつもは声高に叫ぶ中国外交部の声も聞こえてきません。アメリカの大統領が出席して演説しましたが、まさに「言うだけ番長」でした。
世界全体のCO2排出量は360億トンと言われますが、単純平均をすると1カ国当たり1.8億トンのCO2を排出していることになります。そんな時に、ウクライナ戦争によるCO2排出量増加は約1億トンと言われていますので、ロシアは、CO2排出に大きく貢献していることになります。
この地球上に、正義は存在するのでしょうか。
いいえ。明らかに、「欲」のほうが勝っています。

このCOP27は、欧州主導で始まりました。
欧州は、理想を看板にすることが好きです。
数年前、難民問題で欧州が混乱した時、多くの人達が「難民を救え」と声を出しました。しかし、今は、難民を、どうやって他国に押し付けるのかが焦点になっています。
欧州に限らず、人道主義という謳い文句は、「自分の利益が損なわれない限り」という条件付きのものであり、いつでも、変更可能なのです。
欧州は、今、ウクライナ戦争によるエネルギー危機を迎え、「自分の利益が損なわれている」のだから、石炭火力を使うことを容認することになっています。数年前は、石炭火力を止めようとしない日本は袋叩きになっていました。
人道主義と呼ぶよりも、ご都合主義と呼ぶほうが正しいのかもしれません。
先進国は、日本も含めて、2050年とか2060年にCO2排出をゼロにすると宣言しています。30年先、40年先のことですから、誰もが「言うだけ番長」をやっているように見えます。では、多少長引いたとしても、CO2排出ゼロが実現するかというと、そんな予測は実現することはないと思います。
なぜなら、利益を失ってでも、或いは、損失を出してでも、CO2排出ゼロを実現する理由がないからです。
「そう言えば、昔、そんな議論があったよな」という日が来ると思います。
人間は、どの国の人でも、「欲」が最優先です。
もちろん、理想なんて無視してしまえ、というのは間違っています。理想は、理想として、あったほうがいいです。しかし、それは、あくまでも、理想としての理想です。現実ではありません。
後進国の皆さんだって、CO2排出なんてことには関心がありません。先進国から、1円でも多く取るためには、どうすればいいのかが関心事です。
人類は、いつかはわかりませんが、絶滅する日を迎えます。
その日を一日でも先延ばしする努力は、あってもいいとは思いますが、地球史や宇宙史の中では些細なことにすぎません。理想や努力は尊いものですが、それが実現するという保障はどこにもありません。
もっとも、「幸せとは、自己満足である」と言った人がいますが、人は、誰でも、幸せを願うものですから、これで、いいのかもしれません。
「欲」がなければ、人間は死に絶えます。「欲」があれば、同じく、死に絶えます。つまり、人類は死に絶える運命にあるということです。
だとすると、高邁な理想に引き摺られるのではなく、現実的な対応が求められているのだと思います。地球温暖化による海面上昇で被害に遭う人達を、どう救うのか。旱魃や洪水に強い農業をどう確立するのか。現実的な課題は、多く存在しています。そこに注力することのほうが、大事なのではないかと思います。
ただ、地球環境の破壊はCO2だけではありません。
放射性物質による環境破壊があります。
核兵器の拡散と使用は、近い将来の課題として浮上しています。
ウクライナ戦争で明るみに出たことの一つに、ロシア製武器の脆弱性があります。
これまで、ロシアから武器を買っていた国々は、ウクライナ戦争を見て、役に立たない武器を買っていたことを知り、「ヤバイ」と思っています。
ロシアの経済的な強みは、資源と武器でした。武器市場でのロシアの存在感は大きかったと思います。この先、ロシア製の武器が市場から駆逐されていくことは容易に想像できます。現に、韓国が武器輸出を急増させています。ただし、韓国の武器市場での成長は一時的なものに終わり、他の市場でも見られるように、韓国製の次に台頭してくるのが中国製です。武器市場でも、アメリカと中国による寡占状態が生まれると思います。
では、ロシアはどうするのでしょう。
資源の安定的購買者を失い、武器市場でも顧客を失えば、ロシア唯一の強みである核兵器を売るしか道はなくなります。
世界に紛争地域と呼ばれる場所はいくつもあります。今後も、紛争地域がなくなることはありません。そんな地域で、一発でケリをつけられる武器が簡単に購入できるとすると、紛争当事者は躊躇なく採用すると思います。
ロシアには、核兵器の技術を輸出するという選択肢もあります。既に、イランとの協議が始まっているという記事も出ています。
そんなロシアを止めることが出来る国はありません。
たとえ、低出力の戦術核だとしても、放射性物質は発生します。福島原発事故でも証明されたように、放射性物質は風で拡散されます。
核拡散と核使用が日常となれば、地球環境は破壊されることになります。
CO2による温暖化よりも、早く、現実のものになる可能性もあります。
ウクライナ戦争は、そのパンドラの蓋を開けたのかもしれません。

視線を引いて、地球を俯瞰して見てみると、人々は、右往左往しながら、「ああでもない、こうでもない」と言いながら、不確実な未来へと歩んでいるように見えます。
これは、地球温暖化対策に限ったことではありません。
皆さんには、明るい未来が見えているのでしょうか。
私の目には「人類絶滅」という文字が見えます。もしかすると、「人類絶滅」は、それほど遠い未来ではないのかもしれません。
では、世界を救う方策は、ないのでしょうか。
多分、ないと思います。
絶滅の危機が現実になった時、それは、温暖化による危機ではなく、戦争による世界的な危機だと思いますが、人々は「何か、やれることがあったんじゃないだろうか」と思うかもしれません。しかし、手遅れです。
その元凶は、全て、人間の「欲」から生まれています。
ほんとに、人間の「欲」は厄介です。理性では、わかっているのに、事前の対策は打てないものなのです。この先、50年を見ていれば、地球温暖化対策を見ていれば、そのことは証明されると思います。

地球規模での「人類絶滅」は、まだ、空想の域を出ませんが、この国の国力衰退による国家崩壊は、もう、空想の問題ではありません。私達の身近の現実問題になっています。近い将来、皆さんの身に降りかかるのが国力衰退による国民生活の崩壊です。
今年になってから、国力衰退や国力低下に言及する方が増えました。国民の皆さんも「ふむ、ふむ」と頷いていると思います。
もう、国力衰退は現実なのです。
ところが、誰一人、その解決策を提示できていません。
本来であれば、国家運営を担う政治が先頭に立たなければならない場面ですが、政治は「ばら撒き」策しか思いつきません。
国力が衰退しているだけではなく、頭脳も衰退しているようです。なぜ、原因の原因の原因を見つけて、対処しようとしないのか、ほんとに、不思議でなりません。
過去にも国力が衰退した時代はありましたが、今回の国力衰退は、別物です。小手先や口先や弥縫策で何とかなるようなものではありません。
今、私達が直面している危機は、日本の歴史が1万5000年だとすると、1万5000年で体験したことない、初めての危機だと思います。直近の敗戦よりも深刻な危機です。世界史の中には、国家運営に失敗して消滅してしまった国もあります。日本は、世界史の史実として残されるような国になる可能性があるのです。
多分、皆さんは「まさか」「大袈裟な」と感じると思います。
でも、皆さんの「まさか」なんて、簡単に実現するのです。
「まさか、徳川が滅びるなんて」「まさか、日本が戦争に負けるなんて」と当時の人は思っていました。つまり、過去の延長線上に未来があるという常識は、いつでも、常識ではなくなる日が来るということです。皆さんの「まさか」なんて、何の役にも立ちません。
民間でも、国力衰退や国力低下に言及する方が増えてきましたし、国家運営を担っている皆さんにも、その意識はあると思いますが、相変わらず、「なあ、なあ」「まあ、まあ」で何とかなると思っています。その程度の危機意識しか持っていないのです。
そうではありません。今回の危機は、これまでに体験したことのないほどの危機なのです。チョロチョロとした対策で、「何とかなる」ようなものではありません。「ばら撒き」なんて論外です。
歴史的な危機に対しては、歴史的な対策が必要です。
その選択肢の一つとしてあるのが、文化を変えるという方法です。
歴史的な危機だという認識のない人に、こんなことを言っても「馬の耳に念仏」かもしれませんが、これまでに類を見ない対策を立てるしかないのです。
私は、「なあ、なあ」「まあ、まあ」という曖昧文化を、言葉の定義をするという文化に変えて、「目的を持ちましょう」と提案しています。
多分、皆さんは、「何じゃ、そりゃあ」と思うでしょう。
「経済対策や構造改革じゃないのか」と呆れるのではないでしょうか。
残念ですが、この国の衰退は、原因の原因の原因に対応するするしかないと思います。
その原因の原因の原因は、文化なのです。
文化を変え、これまで持てなかった「目的を持つ」ということです。
国民の皆さんのマインドを変えるしか方法はないと思います。
そのための「目的」です。
これまでのように、「お上」に丸投げをしていれば、ドツボに嵌るのは皆さんです。そのことを皆さんの直感は知っています。だから、不安なのです。
ほんとに厄介なことですが、「嗚呼、あの時、ああしていれば、こうしていれば」なんて思っても、何の役にも立ちません。後になって、「あの時」というのが、今です。
私達は「臍を噛む」ことはできませんが、「臍を噛む思い」は体験することができます。崩壊すれば、「臍を噛む思い」を体験する時間は、たっぷりと用意されています。今は、危機を乗り越える知恵を出す時だと思います。


2022-12-04



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NHK受信料アンケート [評論]



NHKと受信料徴収業務委託契約を締結していた仙台の会社が倒産したというニュースがありました。コロナで戸別訪問ができなかったそうです。
NHKは、300億円という巨費を投じて、NHK受信料徴収の営業業務を外部委託しています。NHKの皆さんは、営業の前線に立ちませんので、庶民の声には無関心でいられまますし、対応することもありません。政府への対応と裁判への対応で、自分達の利益を守ることに必死です。NHKって、何様なのでしょうか。
「受信料=カネ」です。
口では、公共とか国民という言葉を使いますが、私には、既得権益を守ることに執着し、「カネ、カネ、カネ」と叫んでいる、強欲集団にしか見えません。勝手に「NHKは公共放送だ」と強弁していますが、公共の定義を毀損する団体にしか見えません。もちろん、今は、定義がありませんから、何をやっても自由です。
それでも。
NHKと受信契約をしている世帯は、2011年のNHKの調査によれば、全国平均で72.5%だそうです。それが、2021年度には、79.6%まで上昇したそうです。日本全土の8割の世帯が受信料を支払っている関係で、NHKの剰余金は数千億円になっていると言われています。NHK 職員の高給も有名です。1700億円をかけた新社屋建設事業も順調に進んでいるそうです。笑いが止まりません。
これ等の数字は、私には、異様な数字に見えますが、それだけ、この国には「いい人」が多いということなのだろうと思います。
都道県別の契約率を見てみましょう。(2011年度)
  ベスト4            ワースト4
秋田県   94.6        北海道   63.5
島根県   90.9        東京都   60.8
新潟県   90.1        大阪府   57.2
鳥取県   89.2        沖縄県   42.0
沖縄は米国領の時代がありましたので、例外だとすると、ワースト1は私が住んでいる大阪府です。大阪府の57.2%も驚異的に高い数値だと思います。大阪に、こんなに「いい人」がいるとは思いませんでした。ただ、この契約率を「いい人」ランキングに置き換えると、秋田県の皆さんが、最も「いい人」で、大阪府が、最も「いい人」の少ない地域ということになります。そういう見方をすれば、納得できる部分があります。
秋田県の94.6%は、驚きでしかありません。秋田では、NHK受信料を払っていない人は、「村八分」の世界なのでしょうか。田舎の皆さんには、封建制度の残滓が強く残っていますので、「お上」には弱いです。誰も民主主義の定義をしませんので、そのことは、致し方のないことだとしても、NHKは「お上」ではありません。「お上」でもないNHKが、放送法という利権を手にしているだけで、「お上」の振舞をしているように見えます。一般社会で、94.6%という数字は、異様です。90.0%以上の数字は、専制国家では見られる数字ですが、民主国家ではあり得ない数字です。これも、日本が民主国家ではないという証です。
NHK受信料は、地上波契約で14,000円/年、衛星波契約で24,000円/年です。
公的負担が増え、物価が上昇し、食費でさえ節約しなければならない時代に、テレビがあるからという理由だけで、NHK放送を見ない人でも、これだけの金額を支払っています。
なぜ、こんな不合理なことが起きているのでしょう。
その答は、国民の8割の方が「いい人」だということ以外に見つかりません。
NHKと契約している人は、NHKが生活に欠かせないと思っているのでしょうか。
そんな人は、いないと思います。
では、なぜ、契約しているのでしょう。
多分、そこにあるのは、「なあ、なあ」「まあ、まあ」なのでしょう。
食費を削ってでも、NHK受信料を支払う価値は、どこにあるのか。秋田県の人に聞いてみたいです。

ここで、NHK受信料に関するアンケート調査の記事を紹介します。

「NHK受信料は妥当だと思いますか」
「高いと思う」と回答した人が、90.3%。
「安い」と感じている人は、0.8%。
「NHK受信料を支払っている」と回答した人だけでみても、88.3%の人がNHK受信料は「高い」と感じながら支払っていることが分かりました。
NHKは、受信料を徴収する必要性の根拠を「NHKが特定の勢力、団体の意向に左右されない公正で質の高い番組や、視聴率にとらわれずに社会的に不可欠な教育・福祉番組をお届けするため」としています。
「NHKの番組は質が高いと思いますか」
「思わない」と回答した人が、40.2%。
「質が高い」と感じている人は15.2%。
2017年12月の最高裁判決にて、合憲と判断された放送法第64条1項『協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない』についての質問。
「日本国憲法で認められている契約の自由に反すると思いますか」
「違憲だと思う」と回答した人が、68.5%。
これを受信料を支払っている人だけでみても、「違憲だと思う」と答えた人が62.2%にのぼることが分かりました。
「毎週欠かさず見ているNHKの番組はありますか」
「ある」と回答した人は27.3%。
「NHKはスクランブル放送にするべきだと思いますか」
「するべきだと思う」と回答した人が、69.2%。
最後に、「NHK受信料を支払うことに納得していますか」
「納得していない」と回答した人が、73.4%。
これを受信料を支払っている人だけでみても、受信料支払いに「納得していない」人が64.3%と半数以上を占めていたといいます。

このアンケートで見ても、NHKと契約している皆さんが納得していないことが明らかです。それなのに、8割もの皆さんが、契約している。
ほんとに、不思議な人達だと思います。
やはり、「いい人」と思うしか、答が見つかりません。
21世紀になっても、「謎の国、ジパング」は健在なのでしょうか。
「お上」と「下々」という制度はありません。いや、無いはずです。しかし、その制度は、今でも、秋田県だけではなく、全国的に、色濃く残っています。NHKを「お上」と勘違いする人もいます。それは、この国の曖昧文化が国民を支配しているからです。もしも、定義する文化が生まれたら、訳の分からない「決めごと」が山のように出てくると思います。NHK受信料も、その1つです。
契約率の異様さにも驚きましたが、法律に対する国民意識にも驚きました。
「日本国憲法で認められている契約の自由に反すると思いますか」と聞いたところ、68.5%の人が「違憲だと思う」と回答したそうですが、この68.5%はとても低い数値だと思います。放送法は民法よりも上位の法律なのでしょうか。憲法や民法の概念を、なぜ、放送法は無視できるのか、わかりません。放送法には「契約を」「しなければならない」という文言があり、自由を制約しています。これは、明らかに、違憲だと思います。もちろん、これは、司法の問題ではありません。放送法に「しなければならない」と書かれていれば、その条文で判断するしかないのです。司法は万能ではありません。放送法が存在することで、憲法や民法の基本理念は曲げざるをえない。これは、立法の不作為だと思います。
多分、国民の皆さんも、「公共放送なんだから、仕方ない」と、「何となく」思っているのでしょう。
では、NHK放送は、ほんとに、公共放送なんですか。
今は、法律も公共の定義も曖昧なままです。矛盾した法律と曖昧な定義の社会では、力のあるものが有利になります。
では、「公共」って何でしょう。
電気・ガス・水道は、公共インフラと呼ばれていて、国民は、この公共インフラなしには生活が成り立ちません。国民生活に不可欠なものが「公共」なのだと思います。
では、NHK放送がなければ、国民生活は成り立たないのでしょうか。
いいえ、NHK放送がなくても、何の支障もありません。
憲法の「契約の自由」に反しているのは、放送法そのものなのです。
放送法の改定は立法府の仕事です。
何でもかんでも、「違憲だ、違憲だ」と騒ぐ野党の皆さんは、どうして、黙っているのでしょう。野党の皆さんも、「国民生活を守る」と言っていませんでしたか。国民は、食費を削って生活を維持しようとしているのです。無駄な出費はできないのです。NHK放送受信料は、まさに、無駄な費用です。念のためですが、「NHKをぶっ潰す」必要はありません。押しも押されぬ公共放送になればいいのです。もっとも、NHKがそんな組織になったら、自民党は放送法を改定すると思いますが。
立法府の皆さんは、自分の責務を知り、仕事をしてください。
野党の皆さんも、「なあ、なあ」「まあ、まあ」で、逃げているだけだと思います。

ここにも、「言葉の定義」不在による「なあ、なあ」「まあ、まあ」が大手を振って闊歩しています。「公共とは」という言葉の定義をすればいいだけの話だと思います。
「言葉の定義」不在による、「なあ、なあ」「まあ、まあ」による、不合理と沈滞と衰退は、私達の生活を壊しているのです。
今でも、多くの子供が、衰退の犠牲になっていますが、このままだと、ほとんどの子供達が、その被害の真っ只中に立たされます。私は、小学校や幼稚園から聞こえてくる子供達の声を聞くと、ほんとに癒されます。あの声が悲鳴に変わるのです。想像するだけでも恐ろしいことです。
その原因は、国民の皆さんが責務を果たしていないからです。
国民の皆さんが、意図して、積極的に、子供達の未来を壊そうと思っていないことは承知しています。それでも、この国を壊しているのは、他の誰でもなく、皆さんです。
知らないとは思いますが、国民の皆さんには「子供達の未来を守る」責務があります。もちろん、国にも「子供達の未来を守る」責務があります。国がその仕事をしていないなら、主権者である皆さんが、仕事をし、責務を果たす国家運営者を選ばねばなりません。既存の政党にそんなことが出来ないことは、衰退する国力を見れば、明らかです。ですから、皆さんは、新しい選択肢を、新しい政党を、生み出すしかないのです。それが、皆さんの仕事です。
こんなこと言っても、皆さんは、責務があること自体を知らないのですから、意味不明な批判に聞こえると思います。
それでも、子供達の未来を壊さないで欲しいと思います。
知らず知らず壊しても、意図的に壊しても、結果は同じです。
子供達の未来は、真っ暗です。
多分、いや、間違いなく、国民の皆さんは「俺には関係ねぇ」と思っているのでしょう。「そんなもん、お上の仕事だろう」と胸を張って言うのではないでしょうか。それ、違います。皆さんには、子供達の未来を守る責務があるのです。だから、主権者なのです。
「知らない」ということは、ほんとに、恐ろしいことです。
極論を言えば、子供達の未来を壊しているのは、「なあ、なあ」「まあ、まあ」で、NHK受信料を支払っている皆さんが代表していると言ってもいいと思います。NHK受信料で、NHK職員の豊かな生活を保障するよりも、貧しい子供達の食事を確保することのほうが、はるかに、公共に資すると思います。NHK受信料にも、ふるさと納税のようなシステムがあれば、多くの国民の皆さんが、子供の食事代に使って欲しいと思うのではないでしょうか。そうなれば、NHK受信料にも意味が生まれるかもしれません。
公共に資する価値もないのに、放送法という利権があるだけで、NHKは、「濡れ手に粟」を享受しているように見えます。まるで、「お上」のような振舞をしているように見えます。
私には理解できません。
それは、私が「いい人」ではないからなのでしょうか。
そうではないと思います。
皆さんは、今でも、自分は「下々」だと信じているのです。
日本は、偽物ではありますが、それでも、民主国家です。皆さんは、もう、「下々」ではありません。皆さんには、民主国家の国民としての責務がありますが、そんなことは考えたこともないのでしょうか。
確かに、NHK受信料問題は、「たかが」NHK受信料です。でも、これは、「されど」NHK受信料問題なのです。一事が万事の一例です。至る所にあるNHK問題が、この国を蝕み、壊しているのです。「あちゃー」と言ってからでは遅いと思います。
どうか、民主国家の国民としての責務について考えてください。皆さんには、それを考える責務もあります。


2022-12-03



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これが現実です [評論]



政府税制調査会(首相の諮問機関)で、消費税や自動車税についての議論が始まったというニュースがありました。
これまで、たばこ税とか酒税等の細々とした増税を積み重ねてきましたが、消費税ほど実入りのいい税目はありません。ですから、税制調査会が、消費税増税の誘惑に駆られるのは自然なことです。
これまで、消費税の導入、増税の度に大騒ぎになりましたが、それでも、増税は実現しています。増税や徴兵は、最強の国家権力ですから、逆らえる人はいません。
クーデターでも起こさない限り、次の消費税増税は実行されます。既存の政党で国力衰退に対処する政策を持っている政党はありませんから、政権交代程度では消費税増税は止められません。何党が政権を取っても、増税は必要なのです。
でも、これは「悪あがき」に過ぎません。
将棋にたとえれば、この国は、既に、詰んでいます。
仮に、税収不足の額が50兆円だとすると、25%の増税(現行10%+増税25%=消費税率35%)が必要となります。しかし、短期間で25%の増税はできません。5%ずつ小刻みに増税するとなると、5年刻みで実行したとしても、25年かかります。
では、25年後に、財政が均衡するのでしょうか。
いいえ、そうはなりません。
毎年、10兆円の歳出増を続ければ、増税分は、その歳出増に充てられるだけで、税収不足額の50兆円は、いつまでも、続きます。ただ、現実を見ると、毎年、補正予算で数十兆円の歳出をしていますので、10兆円程度の歳出増では済まないと思います。つまり、消費税を増税しても、税収不足額は増えることになります。
つまり、増税ごときの手段では、この国は、25%もの大増税であっても、何も変わらないということです。いや、現状維持も難しくなります。
破綻する日が、必ず、やってきます。
増税は、「悪あがき」にすぎないのです。
皆さんは、国家財政なんて「俺には関係ねぇ」と思っているかもしれません。
とんでもありません。
皆さんの生活に直結しています。
多分、そのことを力説したとしても、皆さんは聞く耳を持っていないと思います。
「まさか」の一言で終わりです。
でも、現実は、そうではありません。
朝鮮半島の北と南で、なぜ、これほどの差ができたのでしょう。それは、北朝鮮が国家運営に失敗したからです。日本も、失敗すれば、北朝鮮になれるのです。
「落穂拾い」という言葉があります。かなり、古くからある言葉のようです。
この「落穂拾い」をしていた北朝鮮の住民が、監視員に殴る蹴るの暴行を受けたそうです。
穀物が実り、収穫作業をした時、100粒の穀物が100粒収穫できるわけではありません。刈り入れが終わった農地にスズメがやってくるのは、地面に落ちている穀物が餌になるからです。穀物を運搬する時にも、荷台から落ちる穀物があります。北朝鮮では、それらの「落穂拾い」も、れっきとした農作業の一環だそうです。ですから、監視員にとっては、勝手に「落穂拾い」をしている住民は取り締まります。
でも、北朝鮮の住民は、落穂を拾ってでも、飢えを凌ぎたいのです。
北朝鮮では、今日の食べ物のほうが大事です。
運が悪ければ、餓死します。
数百万人が餓死したという話は出て来ますが、現実に何人の住民が餓死したのかは、誰も知りません。
北朝鮮では、虫でも蛇でも小動物でも、全部、食べ物です。もちろん、木や草もです。
それでも、日々の食糧を確保することに全力を傾けなければなりません。それは、人間に生存本能があるからです。
理論や正義では、生き延びることはできないのです。
必要なのは「食い物」です。
国家運営に失敗するということは、「食い物」がなくなるということです。
でも、北朝鮮の住民の必死の努力も、日本の皆さんにとっては他人事です。
「まさか」です。
しかし、北朝鮮という国が存在するということは、「まさか」は起きるということです。
皆さんは、北朝鮮になろうとしているのです。
「そんな、馬鹿な」と言うでしょう。
では、皆さんは、現実に遭遇した時に、同じことが言えるのでしょうか。
いいえ、四の五の言っている暇はありません。とりあえず、今日の食べ物です。
餓死の恐怖と戦うのです。

では、誰が、餓死の恐怖と戦うのですか。
岸田さんですか。
いいえ、餓死の恐怖と戦うのは、皆さんです。
消費税の増税や各種保険制度の変更に対するSNSの反応を見てみましょう。
庶民の声。
「今月から雇用保険料率UP。基礎年金65歳迄払えとか、むしり取られる話しか出て来ない。政治成果として国民全体の所得を爆増させてから言えっての…」
「消費税増税議論 年金納付5年延長案 脇目もふらず働けって?庶民は馬車馬かよ」
「消費税あげるとか年金65まで納めるようにするとかもう無茶苦茶やな 国民のどこにそんな金があるねん」
いつも、国民の皆さんの意見には、ほんとに驚きます。
「俺達、下々には、責任はない。お上が悪い」と信じ込んでいます。
これ、勘違いです。甚だしい勘違いです。
皆さんが「お上」の好き放題を認めていたから、こうなるのです。今更、文句を言ったところで、何も変わりません。皆さんが「お上」だと思い込んでいる自民党は、国民の外注先にすぎません。ですから、責任を取るのは、国の主権者である皆さんなのです。何の不思議もありません。主権者という言葉は飾り物ではないのです。
いつまで、「お上と下々」という歴史と伝統に縛られているつもりですか。いくら「お上と下々」という伝統を大事にしたって、国力は、どんどん、衰退しているのです。これが、現実です。
「あいつが悪い」「俺には関係ねぇ」と言っても、衰退は止まりません。
いい加減、気付かねばなりません。
だって、最終責任は、国民の皆さんが取るのです。このルールは絶対不変のルールです。この国の責任者は、国民の皆さんなのです。国民の皆さんが責務を果たしていないから、国力が衰退し、増税や保険料の徴収が生活を圧迫するのです。「俺は何もしないけど、誰か、うまいことやってくれ」なんて言って、何とかなるものではありません。「お前は、ガキか」と言われても不思議ではありません。
先程のSNSの声にも出ていましたが、年金の制度改革が進められています。年金制度改悪と呼んでいる方もいます。これは、年金保険料の収入よりも、高齢者の増加に伴い、年金支給額が増えているからです。保険料は何度も値上げしましたが、その程度では、高齢者の増加に対応できなったのです。
強制的に加入者を増やし、保険料負担期間を延長し、支給額を減らし、支給開始年齢を引き上げるという制度改革は、何を意味するのでしょう。
明らかに、「振る袖が無くなりつつある」ということだと思います。
では、年金制度を廃止し、年金支給を止めてしまえば、どうなるのでしょう。
老人は、生活保護制度に頼るしかありませんが、この国にそんな財源はありません。生活保護制度も廃止されます。そのことを見越した方が、ベーシックインカム制度の採用を提唱していました。実現可能かどうかは未知数です。
社会保障制度の崩壊は、何を意味するのでしょう。
想像は難しいですが、かなりの数の餓死者が出ると思います。数百万人になるかもしれませんし、一千万人を越える可能性も否定できません。
では、なぜ、こんな事態を迎えているのでしょう。
少子高齢化社会が来ることがわかっていたのに、「先送り」を続けたからです。
それでも、経済成長さえしていれば、ここまで追い詰められることはなかったと思います。
社会保障制度が危機に瀕しているのは、国力が衰退しているからです。
国民の皆さんの生活が苦しいのも、将来が真っ暗なのも、不安ばかりが大きくなるのも、その原因は、国力の衰退なのです。

ここまでは、税や社会保険料という公的な負担が国民生活を圧迫していることについて書きましたが、国民生活を圧迫するのは、税や社会保険料だけではありません。
私達の生活の基盤となっている電気・ガス・ガソリン・水道の中の電気料金とガス料金とガソリン料金の値上げが止まりません。
その上、生命を維持するための食料品の値上げも止まりません。
国民所得が増えない状態で、公的負担、インフラ負担、食料費負担が増え続けています。
この国の国民は、日々、貧しくなっているのです。
先日、大阪ガスから、上限価格の改定に関する書類が送られてきました。
原因は原材料費の高騰です。
これまでの上限価格は、102,540円/トンだったそうですが、12月以降、段階的に値上げされ、来年5月には、177,860円/トンに改定されます。上昇率は、73.5%になります。
3人世帯の平均的なガス代が、月額5,000円だとすると、8,600円になります。
関西電力からは書類は来ていませんが、もしも、同じ上昇率だとすると、3人世帯の平均が10,600円ですから、18,400円になります。
電気代とガス代の合計は、10,000円の値上げになり、光熱費は、月額で27,000円、年間では324,000円になります。
政府は、「海外と比較してくれ」と言います。確かに、イギリスでは6倍、ドイツでは3倍になっていると言われていますので、1.7倍くらいで騒ぐなと言うことなのでしょうが、庶民にとって、10,000円の値上げは厳しいと思います。
値上げは、光熱費だけではなく食料品も値上げされています。
「不幸は不幸を呼ぶ」という現象が起きないことを祈りたいです。
来年には、黒田日銀総裁が交代し、金融政策が変わると言われています。
長期金利が上昇します。
長期金利の上昇は、住宅ローンに直接影響します。
住宅ローンが出費の一部になっている方は、生活費が圧迫されることになります。特に、住宅ローンの場合は、試算はしていませんが、元金が大きいですから、その影響も大きくなります。ローン返済が難しくなる人もいると思います。
では、値上げの嵐が来ている今、賃貸住宅の賃借料は値上げされないのでしょうか。
値上げして欲しくないと思いますが、わかりません。
仮に、光熱費1万円、食料費1万円、家賃(ローン返済)1万円の値上げになると、月に3万円の出費が増えることになります。年間では36万円です。
皆さん、耐えられますか。私は、「ヤバイ」です。
今、見えているのは、来年の春までです。
来年の春以降が、どんな流れになるのかは、わかっていません。
不安ですよね。
でも、これが現実です。

増税や社会保険料の増額は、なぜ、起きているのでしょう。
国民所得は、なぜ、増えないのでしょう。
国民生活は、なぜ、苦しくなっているのでしょう。
原因は、全て、国力の衰退から来ています。
ですから、国民の皆さんが、自分の生活を守りたいのであれば、皆さんの手で、この国力衰退を止めるしかないのです。もう、「お上」にできることはありません。国家運営を自民党に任せておいて大丈夫ですか。立憲や共産党に任せて、何とかなると思いますか。誰も、安心していないと思います。では、誰が、この国力衰退を止めるのですか。国民の皆さん以外に、いないと思います。これを「自明の理」と呼ぶのだと思います。
最近、増えてきたのが、出稼ぎ体験談です。
なぜ、「海外で働いたほうが、収入が多い」という体験談がニュースになるのでしょう。
これも、国力が衰退し、日本が後進国の仲間に入ろうとしている証です。
この先、日本人は、海外に出稼ぎに行き、家族に送金するという生活が当たり前になる時代がやってくるのです。もちろん、海外から、日本に出稼ぎに来てくれる人はいなくなり、日本の国力は、人口減少による衰退以上に衰退するということです。
皆さん、これで、いいのですか。
皆さんは、いつまで、「いい人」を、「下々」を、演じ続けるのですか。
皆さんは、なぜ、不安なのですか。
皆さんは、なぜ、自分を、家族を、守ろうとしないのですか。
皆さんには、子供達の未来を守る責務はないのですか。
ほんとに、不思議な国民です。
今は、国民の皆さんの行動が求められている時代です。
この国では、クーデターや武力革命は無理です。
デモでは何も変わりません。日本最大のデモは、安保反対デモだったと思いますが、あのデモで日米安保は失効しましたか。いいえ、デモでは何も実現しません。
体を動かすことだけが行動ではありません。
国民の皆さんが、言葉の定義に挑戦し、目的と責務を明確にすることも行動なのです。


2022-12-02



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過去と現在と未来 [評論]



いつものことですが、「政治とカネ」「失言」で、政治が、自民党政権が揺れていますが、いつもと違うのは、統一教会騒動で国民の信頼感を失ったことが影響しています。
統一協会騒動は、安倍元首相銃撃事件から始まりました。被害者である安倍さんの事件で、自民党の暗部が世に出てきたのは、自民党としては「割に合わない」結果となりました。
しかし、1960年、日本社会党の浅沼党首が、演説会場で刺殺された事件以来のテロですから、半世紀ぶりの事件ですから、大きな波紋が生まれるのは仕方なかったと思います。
古来より、宗教と権力の結びつきは日常的に行われてきました。
日本の仏教も神道も、欧米のキリスト教も、中東のイスラム教も、そうです。
現在でも、政権を担う自民党と公明党も宗教と深い関係があります。日本会議と自民党、創価学会と公明党という関係は、権力と宗教の結びつきの一つです。
ただ、統一教会が宗教団体なのかと言われると、無条件に首を縦に振れない違和感があります。詐欺コングロマリットと呼んだほうが、しっくりとします。「カネ、カネ、カネ」は中国人の専売特許だと思っていましたが、韓国にも存在していたようです。
日本人は、皆さん「いい人」ばかりですから、日本人からカネを巻き上げるのは、赤子の手をひねるよりも簡単だったのかもしれません。統一教会の収入は、その7割から8割が日本人からの献金だったと言われています。「いい人」ではない私のところへは、勧誘に来てくれませんでしたが、勧誘されて信者になった皆さんは、例外なく「いい人」だったと思います。このことは、「いい人」でいれば幸せになれるという常識が間違っていることを、証明しています。先祖を供養し、子供を地獄に堕す人生が幸せな人生とは呼べません。その地獄に堕とされた信者の子供が安倍元総理を銃撃したことでも、明らかです。
今回の事件が起きるまで、自民党と統一教会は「なあ、なあ」「まあ、まあ」「持ちつ持たれつ」の関係を続けてきました。官庁は自民党に忖度し、腫れ物に触るような対応でやってきたのです。まさに、腫れ物ですから、破れたら、大量の膿が出てくるのは仕方ありません。
国民世論も、大変厳しいものになっています。
「宗教というぬいぐるみを着た韓国の詐欺集団に、自国の国民が、いいように喰い物にされていたのに、自民党は、国民生活よりも自分の選挙を優先させて、統一協会を利用していた」という点で、厳しい目を向けています。これは、「自民党は、ほんとに、国民を守ってくれるのだろうか」という疑心暗鬼を産みます。
当面、国政選挙はありませんので安心しているかもしれませんが、統一協会問題は、ボディブローのように効いてくるかもしれません。安倍銃撃事件は、一生に一度くらいしか遭遇することのない事件ですから、通常の記憶領域ではなく、別枠の領域に保管されると思いますので、その取り出しは容易にできます。これは、危険です。
右往左往する岸田さんに、この件を収拾する力があるのかどうか、自民党議員は固唾を飲んで見ていると思います。国民世論は、何よりも怖いです。自分の選挙に悪影響が及ぶことだけは避けたいと思っているのではないでしょうか。国が、国民が、どうなっても構わないが、自分の選挙にだけは影響しませんようにと祈っていると思います。

政治にとっての統一教会騒動は、「たかが」統一教会問題だと思いますが、それでも、揺れています。もちろん、統一教会問題を放置してもいいということではありません。しかし、この国が、国として、直面している最大の問題は国力衰退問題です。
そのことに、政治家も国民も気付いていません。
「統一教会を潰せ」の大合唱です。
統一教会を潰したら、国民の皆さんの生活は豊かになるのですか。
そんな問いは、誰からも出て来ません。
ほんとに、皆さんは、重箱の隅が好きなようです。
「おーい、重箱の隅に集まると危険だから、戻って来いよ」
「重箱から出てみようじゃないか」
という声は聞こえません。
報道では、「岸田政権の迷走」とか「窮地に追い詰められた岸田政権」という表現が使われますが、報道機関も、重箱の隅に移動しているようです。
「たかが」統一教会問題だと書きましたが、今日は、「されど」統一教会問題ということについて書きたいと思います。
なぜ、「されど」なのか。
それは、この国の課題と根っ子が同じだからです。
統一教会の教義は、「先祖供養をすれば、あなたは幸せになります」というものです。
日本の「お上」は、「歴史と伝統を尊重すれば、あなたは幸せになります」と言います。
歴史と伝統の象徴として、「お上」は皇室を利用します。これまで、宗教も国民統治に一役買ってきましたが、天皇も国民統治の手段として利用されてきました。天皇に代表される「お上」の利益を、「下々」は尊重し、守れと言っています。それが、歴史と伝統です。
これ、間違っています。
幸せになるのは、教祖であり、「お上」です。
学校給食でしか栄養の摂れない子供達が大勢いるのは、なぜ、ですか。
皇居の宮殿を建てたり、法外な議員報酬を出しているのに、「お上」は貧困家庭の子供達を救っていますか。「下々」は、四の五の言わずに「お上」に従うことが、日本の歴史であり伝統なのですか。違うと思います。
統一協会も日本の「お上」も、どちらも、未来や現在よりも過去を重視しています。
大事なのは、過去ではなく、現在と未来です。
過去を大切にすれば、未来は保障されるのかというと、そんな法則はこの世に存在していません。
確かに、未来は誰にもわかりません。神様にだってわかりません。だからと言って、未来を切り捨てていいのでしょうか。少しでも、未来の豊かな生活を可能にする努力が必要なのだと思います。全財産を献金した信者の未来が豊かになるとは思えません。
信者になった本人は自己責任ですから救えませんが、信者の子供達が犠牲になっているという問題が議論されています。
「信者の家族を救済しろ」という声が大きくなっています。
親が法外な献金をしたために、子供達は生活苦に喘ぎ、子供のバイト代まで持って行かれ、病気になる子供も自殺する子供も出ています。子供達は、未来そのものですが、宗教が子供達の未来を犠牲にしているのです。それも、教祖の「欲」と「カネ」のために。
つまり、過去が、現在と未来を喰い物にしているのです。「子供達の未来を守る」ことが大人の責務だと認識していれば、こんな馬鹿なことは起きません。
では、犠牲になっているのは、統一教会信者の子供達だけなのでしょうか。
いいえ。
この国では、不登校の子供が増え続け、いじめも増えています。満足に栄養が取れていない子供もいます。
もしも、この国の目的が「子供達の未来を守る」ことだとしたら、国も国民も責務を果たしていないことになります。
私達にとって大事なのは、現在であり、未来です。
決して、過去ではありません。
統一教会も、この国の国家運営も、同じ過ちを犯しているのです。
「先祖」だとか「歴史と伝統」だとか言っている両者は、同じ穴の狢なのです。
それは、この国に目的がないからです。「子供達の未来を守る」ことが目的であれば、現在の間違いは、誰の目にも見えることです。
統一教会問題は、日本社会のほんの一部分が壊れた結果にすぎません。その壊れた部分を繕っても問題は解決しません。幾千、幾万の弥縫策で現状を繕っても、何も解決しないのです。解決策があるとすれば、それは、目的と責務を明確にすることだと思います。私達は、「子供達の未来を守る」ために生きているのです。
人間が生み出した歴史と伝統と文化と宗教。
「良かれ」と思って生み出したものかもしれませんが、それらが人を傷つけている現状があることを、私達は認識しているのでしょうか。
歴史も伝統も文化も宗教も、人が生きていくことを応援し、見守ってくれるはずだったのではないか、という思いが拭えません。
きっと、「欲」という要素がなかったら、そんな方程式が成り立ったのかもしれません。
しかし、そんなふうにはならないのが、人間社会なのだと思います。
それは、人間の根源にあるものが「欲」だからだと思います。

元々、宗教と権力、宗教とカネ、は親和性が高く、すぐに結びつきます。そんな宗教団体を優遇する必要があるのでしょうか。現行法を再考する必要もあると思います。
統一協会だけではなく、どんな宗教でも、教義という「ぬいぐるみ」を着た詐欺師集団だと言っても過言ではないと思います。50年前の創価学会も、かなり乱暴な信者集めをしていました。もう、時効でしょうが、脛に傷はついています。
砂漠に一人、放り出された人間が、心の拠り所が欲しいから、宗教が生まれたと言われています。
砂漠でなくても、人間は孤独なものです。心の拠り所が欲しいと思うのは自然です。
しかし、それは、カネで買うものではないと思いますが、やはり、カネが物を言うようです。宗教は無償の愛ではなく、カネで買うもののようです。
宗教とカネ、宗教と権力、宗教と戦争、宗教と暴動、宗教と弾圧という歴史は山のようにあります。もちろん、宗教と心の平安も存在します。
どうやら、心の平安は、高くつくもののようです。
そうであっても、未来を壊すのは、間違っているように思えます。
自分の未来を壊すのは、その人の勝手ですが、子供の未来を壊すのは間違いです。
宗教云々以前に、子供の未来を守るのは、大人の責務だと思います。
信仰であれば、何でも許されるなんてことはないと思います。
戦前の反省から生まれた「信仰の自由」ですが、一度立ち止まって、「宗教って、何」を考える時期なのかもしれません。あのオーム真理教も宗教団体でした。宗教が大きく国民生活を壊した例は2度目です。無条件で宗教を野放しにするのは危険だと思います。
やはり、「言葉の定義」という文化が必要です。
完璧な定義はないのかもしれません。でも、何度でもやり直せばいいと思います。今は、何かを修正するにしても、定義されたものがないのですから、修正する元になるものがありません。「ああでもない、こうでもない」と言っているうちに、また、曖昧の中に溶けていくだけです。定義は、常に、メンテナンスし、時代に合った定義をすればいいのだと思います。
私達は、生き延びなければなりません。時代や未来を無視し、過去に縛られていたのでは、生き延びることは難しいと思います。
過去よりも現在、現在よりも未来を大切にする国であれば、生き延びることが可能になるかもしれません。
そんな国を作るのは、国民の皆さんです。
権力者は、権力者の利益を守るために行動するのです。決して、国民の利益のために行動することはありません。国民は、自分で自分を守るしかないのです。権力を持っていない私達が自分を守るためには、私達にも武器が必要です。私達は、銃は持てませんが、「言葉の定義」は持てます。「言葉の定義」であれば、銃刀法違反にはなりません。幸いなことに、この国には、まだ、秘密警察はありませんので、「言葉の定義」を持っていたとしても、拉致され、収容所に送られる心配はありません。
この国の未来を決めるのは、国民の皆さんです。
「お上」におんぶにだっこの時代ではないと思います。いや、「お上」の好き勝手を許していたら、皆さんがドツボにはまるのです。誰も信じてはいないと思いますが、「あちゃー」という日は、必ずやってきます。それも、それほど先の話ではありません。どうか、現在を見てください。未来を想像してください。皆さんには、今、過去を大切にするような余裕はありません。また、生活が楽になれば、過去に目をやることも必要でしょう。でも、今は、その時ではありません。


2022-12-01



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