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必要は発明の母



昨日は高齢化率の話題を書きました。その中で、真の問題は少子化だと書きました。
多分、この認識は多くの方の共通認識だと思います。
しかし、少子化トレンドは衰えることなく進行しています。
私達は、その数値を見て、「ふむ、ふむ」と頷いているだけです。
「じゃあ、お前は、何か有効な提案を持っているのか」
いいえ、持っていません。
「じゃあ、黙ってろ」
そうなのでしょうか。
抵抗しては駄目なのでしょうか。「足掻く」のはみっともないのでしょうか。
「見て見ぬふり」が正しいのでしょうか。
そうは思えません。
少子化だけではありませんが、国力衰退は国の存続を危うくする大きな課題です。考え得るあらゆる対応をすべき課題だと思います。国民の皆さんの生活がかかっているのです。「俺には関係ねぇ」では済みません。
ここで言う「あらゆる対応」とは、経済的、制度的対応だけを指すのではありません。
どうしても必要になるのが国民意識の変革だと思います。
少子化の原因に、結婚しない若者、結婚しても子供を作らない家族、が挙げられています。もちろん、結婚したくても経済的な理由で結婚できない人もいますし、出産・育児の負担が大きすぎて諦めている人もいます。そういう若者に対しては、経済的、制度的なサポートが必要です。
ただ、経済的、制度的なサポートだけでは、問題は解決しません。
「子供を持つ必要を感じない」という若者もいます。「悲惨な未来しかない時代に、子供を持てば、子供が苦しむだけだ」という若者もいます。生き物の本能である「永遠」でさえ、否定する人が実際に存在するのです。それが、国民のコンセンサスになるのであれば、それは仕方ないことだと思いますが、それほど簡単に本能を否定することは難しいと思います。多くの方が、本音では、幸せな家族に囲まれて生きたい、と思うのではないでしょうか。
確かに、先ず、経済的、制度的なサポートをしろよ、と言われればその通りですが、「あらゆる対応」が必要であるという観点から、同時に、国民意識を変えることも不可避なのではないかと思います。
先程も書きましたが、私は、有効な少子化対策の提案を持っていません。
でも、私は、1億2000万分の1です。
いや、もっと言えば、少子化に直面している国は日本だけではありません。数十億人の人達が不安定な未来を抱えているのです。
ここは、人類の叡智が必要とされる時だと思います。
ただ、国際関係は冷徹です。「他国がどうなろうと、知ったこっちゃない」が当たり前です。ですから、日本の少子化は、日本で解決するしかないのではないかと思います。
それでも、1億2000万もの頭脳があるのです。知恵を出し合う必要があるのではないでしょうか。
「必要は発明の母」という言葉があります。
人類は、この言葉を、常に肝に銘じて生きてきたと言っても過言ではありせん。
初期の人類にとって最大の課題が「衣食住」でした。
寒さをしのぐために服を作りました。
食料を安全に食べるために、体温を維持するために、火を見つけました。
雨露を避けるために、洞窟を探しました。
どれも、生き延びるために必要とされたことを、知恵を出して、解決してきたのです。
国力衰退の先にあるのは「滅び」です。
「滅び」の世界では、私達にとって不可欠な要素である「衣食住」が確保できない可能性が高まります。
生き延びることを諦めるのですか。
私達は、生き延びるという必要性を常に抱えているのです。
ここは、知恵を出す時ではないでしょうか。
ただ、皆さんは、少子化の先に「飢餓」が待っているなんて想像はしません。いや、薄々とは知っていますが、口には出しません。
でも、少子化が進めば、待っているのは「飢餓」です。
その事を知ってもらわねば、「知恵を出してみようか」という気は起きないかもしれません。「まさか、大袈裟だろう」
そうでしょうか。
私達の国は、どんどん、貧しくなっています。
皆さん、「見て見ぬふり」をしていますが、それが、現実です。
貧困の先にあるのは何ですか。
北朝鮮やアフリカの貧困国で起きていることは、「飢餓」です。
どうして、日本は大丈夫だと言えるのでしょう。
私達は、少子化に、国力衰退に、対処する必要に迫られているのです。
だから、知恵を出す時なのです。

ここで、少子化が進んでいることを証明する数字を見てみます。
青森県の数字です。
青森県の地方紙「東奥日報」が、青森県内の20代人口の推移を集計した結果を発表し、話題を呼びました、
県内10市のうち6市が2002年からの20年間で20代が半数以下になったのです。
県庁所在地の青森市も54.07%の減少です。
減少率の高いベスト10を見てみましょう。
       2002年  2022年   減少率
佐井町     201     38     81.09
深浦町     918     80     80.39
外ケ浜町    661    166     74.89
平内町    1353    431     68.14
鯵ケ沢町   1055    337     68.06
中泊町    1253    422     66.32
風間浦村    190     68     64.21
蓬田村     290    108     63.45
三戸町     990    367     62.93
大鰐町    1078    401     62.80

特定の世代が、20年で、80%も減少する状態が普通とは思えません。
でも、これは、青森県に限った現象ではないと思います。地方都市では、これが普通になっていると思います。
これで、日本の将来は盤石だと言う人はいないと思います。
「東奥日報」は、危機感を持ってこの数字を載せたと思いますが、危機感を持って受け止めた人が何人いるのでしょう。いや、自分事だと思った人はいるのでしょうか。
多分、「ふむ、ふむ」「俺には関係ねぇ」で終わりです。
どうして、自分の、家族の、子供達の、将来なのに、関係ないと思ってしまうのか、不思議ですが、他人事なのです。
国家運営に携わる人達は、自分の領域の仕事の結果ですから、騒ぎ立てたら、自分の首を絞めるだけですから、「知らんぷり」をします。
本来、この数字に目鯨を立てなければないないのは、国民の皆さんなのですが、国民は、自分の領域ではないと思い込んでいます。
誰も危機感を持ちませんので、ずるずると、少子化は進行しているのです。
国民の責任は重いと思います。
ま、国民は、誰一人、自分の責務を知りませんので仕方ありませんが、不幸なことです。多分、不幸は、こういう隙間から生まれのだと思います。
フランスも、一時期、出生率が低下し、少子化のトレンドを生み出しました。
しかし、フランス政府は、独自の少子化対策を徹底的に推進し、少子化のトレンドを変えました。人口増加は達成できませんでしたが、少子化の傾斜は反転したのです。
もちろん、人種も文化も常識も、何もかも違う国ですから、フランスの対策をそのまま導入しても、日本では上手く行かないと思います。
では、フランスと日本は何が違うのでしょう。
これは、私の独断と偏見かもしれませんが、市民革命をやった国民と、「下々」に甘んじている国民の違いなのではないかと思います。
私達から見ると、フランス人は権利意識がとても強いと感じます。それも、国民の市民意識が強いように感じます。フランス人は、すぐにデモをします。それも、いつも、全国規模に発展します。日本人から見ると「業突く張り」の人達に見えます。為政者にとっては、ほんとに厄介な国民だと思います。
フランス人にとっては、少子化は、自分達の利益を損なうものだと感じたから、政府の少子化対策を受け入れたのだと思います。
自分のために、政府と共に少子化に向き合うことが必要だと感じたのです。
フランス人にとって、少子化対策は「必要は発明の母」だったのだと思います。
そんな意識は、日本国民にはありません。
「お上」の言うがままです。
少子化対策が、自分達にとって死活的に必要だと思っていれば、地方都市の現状は、今の状況にはなっていないと思います。
日本の少子化対策が何の役にも立っていない原因は、政府の無能にありますが、その無能を許しているのは国民意識ですから、問題は、国民にあると思います。どっちもどっちで傷を嘗め合っていても事態は好転しません。
政府を擁護するつもりは全くありませんが、日本の少子化の原因は、やはり、私達に、「下々」に、国民に、あると思います。
皆で、ドツボにはまる宿命(さだめ)なのだと思います。
多分、日本には日本独自の少子化対策が必要なのだと思いますが、中でも、欠かせないのが国民の意識変革なのだと思います。
少子化の先にあるのはドツボなんですから、何とかしなければなりません。
「言葉の定義」をし、責務と目的を明確にすれば、日本独自の少子化対策は生まれる可能性があります。それが、どんなものなのかは、わかりませんが、何もしないよりはいいと思います。
騙されたと思って、「言葉の定義」をしてみてください。


2023-10-04



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