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古い格言は生きています [評論]



「後悔先に立たず」という格言があります。
ほとんどの方が、実際に体験したことのある格言です。
しかし、それなのに、いつも、私達は同じ過ちを繰り返します。
ですから、この過ちは、今後も、永遠に、続けることになると思います。
ま、私達は人間ですから、仕方のないことです。

ここで、今、まさに不幸のどん底にあるウクライナで、ある方がインタビューした記事から、今のウクライナ人の後悔を見てみましょう。戦争が始まってしまったことによる、後悔の言葉です。まさに、「後悔先に立たず」の実例です。
「まさか攻めてくるとは思わなかった」
「最後の最後まで信じていませんでした」
「攻めてくるかもしれないという人もいたが、私も私の友達もそんなことは起こるわけないと信じていなかった」
「ロシアの侵攻を防ぐために、自分の国の政府を慎重に選ぶことが必要だった」
「この国では汚職が多く、たくさんの政治家が賄賂を使って当選している。だが、政府の人は安全な執務室から出てくることはなく、被害にあうのは市民ばかり。だからこそ、政府には友好的な外交を結んでほしい。我々はもっと外交政策が得意な政治家を選ぶべきだった」
「ロシアとウクライナの国境に壁を建設しておけばよかったんだ」
「ウクライナは旧ソ連の一部であった際に核兵器が配備されていたが、独立時に自己防衛のための核兵器を撤廃した。今、思えば、当時の政治家の決断は間違いだった。なぜなら、私達が核兵器を撤廃したせいで、ロシアは自信を持ってウクライナへの侵略を開始したのだから」
「もし戦争が始まると知っていたら、自分の子どもたちを守るために銃の扱い方を学んだり、数日間耐えしのげるだけの食糧の確保をしていただろう。また、身の安全のために家の地下に防空壕を掘っておいたと思う」
「2014年にクリミアとドンバス、ルガンスクを奪われた時に、軍事力の増強をしておくべきだった。それなのに何もせず、さらにこの8年間で我々の警戒心は途切れてしまい、今日の結果になった」
「戦争を引き起こさないためには、より多くの武器を生産したり、購入したりすることが必要だったんだ」
「私だったら、オリガルヒ(旧ソ連圏で力を持つ財閥)からお金を回収して、日本や韓国、台湾から多連装ロケット砲などの武器を購入していた」
「ウクライナは自国の防衛のために、もっと武器を用意すべきだった。もっと飛行機や戦車、もっと強い武器が必要だったと思う」
「日本だっていつ攻められるかわからないのだから、備えるべきだ」
「他国との同盟や外交努力をすべき」
「食糧供給などを見直すべき」
「政府に泣きつく前に、自分たちの領土を守るという強いコミュニティを持つことだ」
「ウクライナには、『もし平和を望むのなら、戦争に備えなさい』という格言がある。平和を望むなら、平和を守るための戦争に備えなければいけない。もちろん戦争なんて起こらないことが一番ですが、平和を守るためには有事に備えるべきです」

いくら後悔しても、いくら嘆いても、ロシアの攻撃は毎日続いています。いや、まだまだ、続きます。
ロシアの攻撃によって、人々の生活に欠かすことができない、電気・ガス・水道も被害に遭っています。現地からの映像は、ボロボロに破壊された集合住宅ばかりです。
でも、今は、戦争に負けたら、もっと悲惨な目に遭うことが想像できるから、未来を救うためにウクライナ人は戦っています。
想像力を持つのが遅すぎたことで、これだけの被害に遭っているのです。
これが、「後悔先に立たず」の現実です。
ウクライナの人達は、自分に、国民に、問題があったことを認識しています。
それが、正しい認識だと思います。
私は、この戦争が始まった時から、ウクライナに問題があったと書いてきました。ロシアに戦争を始めさせた、プーチンに、簡単に勝てると思わせたウクライナの失態です。想像力があれば、プーチンの妄想は防げたと思います。

世界の主要国は、ほぼ二分され、第三次世界大戦の機運は盛り上がっていますが、今日は、第三次世界大戦の話ではありません。もちろん、第三次世界大戦への備えも必要ですが、日本には、それ以外にも、国民生活を破壊する未来が待っています。それが、自分で勝手に壊れる「自壊」です。
ここでも、必要になるのは、想像力です。
日本は、今、じりじりと、ずるずると、壊れ続けていますが、いつかは、大きく壊れる日がやって来ます。
その時、私達は、何に困るのでしょう。
国が崩壊するということは、通貨の価値が無くなるということです。日本円の価値が無くなれば、国民生活の基盤である燃料と食料の輸入が出来なくなるのです。
政府は、最後まで水道の供給には、全力を挙げると思いますが、電気・ガス・鉄道・運送という社会インフラは、経済原理で動きますから、崩壊からそれほどの時間を経ずに供給が停止されるものと思います。
スーパーやコンビニも消えます。
一番困るのが、食料の確保です。
人間は、食べなければ生き続けられません。
1週間くらいなら、水だけで生き延びることもできるかもしれませんが、1カ月は無理です。
「戦後の食糧難の時代も、何とかなったじゃないか」と言う方もいるかもしれません。
何とかなったのでしょうか。
栄養失調で多くの方が亡くなったことは、あまり知られていません。
食料の確保が、どれだけ大変だったのかを知っている人も少なくなりました。
ひもじさを知っている人も、私達の世代までだと思います。
更に。
敗戦の時の環境と、今の環境は、違います。
多分、一番違うのは、当時は、「復興」という暗黙の目的が国民に共有されていたことだと思います。今は、目的がありません。ただ、今日は、それ以外の物理的な違いを見てみます。
敗戦時の人口は、約9000万人でした。食料自給率は約70%でした。
今は、人口が1億2000万人で、食料自給率は約40%です。
農地が、農業従事者が、どれだけ減少したのか調べていませんが、激減していると思います。取り敢えず、頑張るしかないと思うかもしれませんが、頑張れる場所(農地)も、頑張る人(農民)も減少していますので、無い袖は振れませんので、「何とかなる」ことはありません。
敗戦時の環境と今の環境は、全く、別物なんです。
ですから、大量の餓死者が出ることは、避けられません。
何人の餓死者が出るかは、その時になってみなければわかりませんが、数百万人とか数千万人の可能性だって否定できません。
こんなこと、皆さんは、想像しているのでしょうか。
そうは、思えません。
「ああ、あの時・・・・・・」になるのは容易に想像できます。
未来の皆さんが「あの時」というのが、今です。
私は、極度の悲観論者ですから、「不幸は不幸を呼ぶ」と思っています。
破綻した日本で。
東南海地震や首都直下地震が起きたら。
中国が軍事侵攻してきたら。
北朝鮮のミサイルが飛んで来たら。
異常気象で農作物が大きな被害に遭ったら。
原子力発電所が事故を起こしたら。
どれも、あり得ないことではありません。踏んだり蹴ったりの事態だってあり得るのです。
だとすると、「自壊」なんてことは、あってはならないことです。
でも、国力衰退は進行しています。「衰退」の先にあるのは「崩壊」です。
ですから、国力衰退を止めることは不可避であり、喫緊の課題です。
そのことを理解している方はいるのですが、その方法を見つけることができません。
今、どうしても、必要なのが、想像力だと思います。
ただし、単に、想像力があればいいのか、と言うと、そうではないようです。
日本人の、とくに頭脳明晰な人材を集めている場所が、官庁です。頭脳ということでは、大企業を何十社集めても、官庁に太刀打ちできません。
官僚の皆さんは、知識も豊富です。数字の意味も理解しています。想像力も持っています。
しかし、実際には、そんな頭脳明晰集団が束になっても、国力衰退を阻止できていません。もう、30年、いや、50年、いやいや、80年、彼等の頭脳は、本来の働きをしていないように見えます。
だとすると、想像力というものには、いろいろな想像力が存在していて、官僚機構には、今、必要とされている想像力が欠けていると考えざるを得ません。
そうだとすると。
私は、官僚に欠けているのは、妄想力なのではないかと思います。もしも、妄想力が必要だとすると、官僚の皆さんの頭脳明晰が邪魔しているのではないでしょうか。優秀であるがゆえに陥っている国家運営連続失敗なのではないかと思います。
私には、官僚の皆さんは、この30年間、まるで、二〇三高地の戦いのように、玉砕戦を挑んでいるように見えます。歴史上の二〇三高地では、勝ち戦になりましたが、平成・令和の戦いでは、勝ち戦になりません。ただただ、消耗するだけです。
妄想力を働かせて、文化の革命が必要だということに気付いて欲しいです。


2023-06-05



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