SSブログ

復讐 - 5 [復讐]



K大付属病院の院長は伊東弁護士の父親と深い付き合いがあり、入院に問題はない。さらに、望月の根回しで内科部長にも話がいっていた。
病室に入った真人は、移動のために疲れたのか、すぐに深い眠りに入った。不眠症の真人が珍しく朝まで起きなかった。
「なっちゃん」
目を覚ました真人のベッドの横には奈津子がいた。
「おはよう」
「ああ、そうか。入院したんだったな」
「気分は」
「よく寝た。元気だ」
「そう」
「心配かけるな」
「うんん。検査が続くみたいよ」
「そうか。嬉しくはないな」
「そうね」
「拘置所よりは、居心地がいいといいのにな。でも検査がな」
「ちゃんと、検査するのよ」
「わかってるよ」
三日間、検査が続いた。伊東も来たし、香織も、望月も来て、最後に恵子も来てくれた。
「面会に行かなかったから、顔見てみたくてね。その顔、忘れるとこだったわ」
「心配かけて、ごめん。叔母さん、具合は」
「私は、全然、大丈夫よ」
「そう」
主治医は滝口という細身の内科医だった。歳は50前後に見えた。奈津子は看護師に呼ばれて詰め所に行った。滝口医師はカルテを見ていた。
「結城さん。今日は一人」
「はい」
「望月さんは」
「夕方には来ますが」
「そうですか。来られたら、連絡してください。検査の結果をお二人に説明しますから」
「はい」
夕方に望月が来て、奈津子は滝口医師に呼ばれている話をした。
「父さん。何か怖い」
「お前が、しっかりせな」
「うん。わかってる。けど、怖い」
三十分程して呼ばれ、二人は看護師に連れられて二階の会議室に入った。望月は入院の時に内科部長に挨拶しているので、内科部長と滝口医師の顔は知っていた。もう一人年配の医師がいて、三人の前に二人は座った。
滝口医師が内科部長と外科部長を紹介し、話を始めた。
「結城さん。大丈夫ですか。望月さんに聞いてもらいますか。お二人は親子で、結城真人さんと望月さんは義理の親子ですよね」
「いえ。私も、聞きます。いえ、聞かせてください」
「わかりました。では、結論から申し上げますが、結城真人さんは肺がんと診断されました。院長からの指示もあり、内科と外科の慎重な検査の結果です。どうして、ここまで放っておいたのか、理解に苦しみました。本人に痛みはあったと思います。院長の話では、結城さんは拘置所に収監されていたということですが、拘置所にも医師はいるはずです。大変残念です。癌は広い範囲に転移しており、外科の処置でも摘出は難しいと判断せざるをえません。奥さん。大丈夫ですか」
奈津子の顔は真っ青だった。体にも震えが見られる。
「奈津子」
「大丈夫。大丈夫です」
「いいですか」
「はい」
「あとは薬物療法と化学療法になりますが、残念ながら、劇的な回復にはならないと思っています。そこで、お聞きしますが、ご本人は告知を希望していたようなことはありませんか」
「聞いていません」
「そうですか。結城さんの場合、ご本人に告知するのがいいように思うのです。ご本人の意思で治療を選択なさる方が、納得がいくのではないかと思います。結城さんは聡明で、ご自分の意思がはっきりとしている方のように思いますが、違いますか」
「そうだと思います」
「今からは、痛みも強くなっていくでしょう。いずれ気づくことになると思います。黙っていた方がいいのでしょうか」
「手の施しようがない、ということですか」
望月の出番だった。奈津子には正常な判断を求めるのは難しいと思えた。
「端的に言えば、そういうことです」
「どの位、ですか」
「この、数か月かもしれません。長くても半年だと思います」
「半年」
奈津子が下を向いて、声を殺して泣き始めた。
「残り時間を、ご本人が納得のいく時間にしてあげた方がいいと思います。あの方は、それを受け止めることができる人だと、私は感じています」
「度胸と言う意味では、天下一品でしょうな。それと、奈津子に演技は無理ですやろ。すぐにばれますわ。どや、奈津子。先生から話してもらお。わしも、よう言わんし。お前は、もっとあかんやろ。先生にお願いするしかないと思うわ。真人さんなら、受け止めてくれるやろ。半端な男と違うからな」
奈津子が大きく頷いて、声を出して泣き始めた。
「では、私から話してみます」
「お願いします」
望月は立ち上がって、大きく頭を下げた。奈津子は体を折って泣いていた。
真人は入院してから、よく眠れる。点滴の中に睡眠薬が入っているのでないかと思うくらいよく眠った。心の中のざわつきも少ない。自分でも病気なのだと感じている。
「結城さん」
「ああ、先生」
「ご気分は、どうですか」
「あまり、変わりはないです」
「そうですか。今、お話してもいいですか」
「ええ」
「検査の結果です」
「聞かせてください」
「結城さんは、ご自分の病状を聞きたいと思う人ですか」
「告知という意味ですか」
「ええ、まあ」
「ぜひ、お願いしたい方ですね」
「そうですか。私の勘が外れていなくてよかった」
「先生。その様子では、かなり悪い話ですね」
「ええ。でも、あなたなら、受け止めてくれる。私はそう信じてますが」
「最近、腹に力が入らない。泣いてしまうかもしれませんね」
「できれば、泣くのは、私が部屋を出た後にしてくれませんか」
「わかりました」
「病名は、簡単に言えば、肺がんです」
「はい」
「そして、広い範囲に転移しています」
「はい」
「手術では、摘出しきれないほどに転移が進んでいます」
「そうですか」
「治療法としては、薬物と化学療法がありますが、どの位遅らせることができるのかわかりません。あなたご自身で、選択された方がいいと判断して告知することに決めました」
「残りは、どの位ですか」
「長くて半年。この数か月でも不思議ではありません」
「そこまで」
「はい」
「家内には内緒にできますか」
「申し訳ありません。奥様には、もうお話しました」
「そうですか。大丈夫でしたか」
「大丈夫とは言えません」
「でしょうね」
「痛みは、強くなるんですよね」
「はい」
「私の父も肺がんでした。最後は痛かったようです」
「もちろん、痛み止めは処方します」
「何もしないという選択肢もあるんですよね」
「あります」
「退院もできますか」
「できます」
「先生は、私が保釈中だということはご存じですか」
「聞いています」
「殺人罪だということも」
「はい」
「家内に頼まれているんです。戻ってくるように。そして、一日だけでもいいから一緒に生活したいと。約束が守れそうですね」
「ええ。運がよければ、半年は暮らせますよ」
「それはいい」
「私たちは、いつでも、あなたを受け入れます。ご希望の治療もします。そのことは、お約束します」
「わかりました。家内と相談してみます。面倒みてやらないと言われたら、ここに置いてもらわないと、行く場所がありませんから」
「いいですよ。焦ることはありません。ゆっくり、話しあってください。ただ、奥様は、今、かなり動揺しておられます。少し落ち着いてからの方がいいかもしれません」
「そうします」
「私にできることはありませんか」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いします」
「いつでも」
滝口医師が部屋を出て行き、目を閉じた真人は眠ってしまった。過去の不眠症で失った時間を取り戻そうとしているような睡眠だった。
話声で目が覚めたのかもしれない。入口の横にあるソファーで奈津子と香織が話しているのが見えた。
「お父さん。起きた」
「ああ」
二人が立ち上がってベッドの方へ来た。
「今、何時」
「夕方の六時」
「そうか。また、眠ってしまった」
「お父さん。聞いたよ。まだ、六か月もあるんだって」
「えっ」
「退院するんでしょう」
「ああ」
「やっと、一緒に暮らせるね」
香織は、あと半年ではなく、まだ六か月もあると言ってくれた。
「なっちゃん。退院しても、いいかな」
奈津子は目に涙をいっぱい溜めている。口を開けば、その涙が溢れそうで、歯を食いしばっているように見えた。
「母さん。泣いて、いいよ。言いたいこと言っていいよ。お父さんは勝手なことばかりしてたんだから、言ってやりなさいよ。お父さんは殴られたって文句言わないよ」
ついに、奈津子の我慢が切れた。真人のベッドに顔を伏せて、子供のように泣きじゃくった。真人は子供の頃に同じようなことがあったことを思い出した。真人が木から転落して骨折した時に、奈津子は自分のせいだと言って泣いていた。奈津子はあの頃と変わっていない。泣き虫奈津子と言って、からかったこともある。真人は昔のように、奈津子の髪を撫でた。真人と香織は顔を見合せて、苦笑するしかなかった。
次第に奈津子の背中の揺れが小さくなり、泣き声も収まってきた。
「ごめんなさい」
顔を上げた奈津子に香織がハンカチを渡した。奈津子は涙も鼻汁も一緒に拭いた。
「母さん」
泣き止んだ子供をあやすように、香織が奈津子の頭を撫で、拭き残した涙を拭いてやる。
「ごめん」
「ほんとに、泣き虫なんだから」
「うん」
「お父さんに、言ってやること、ないの」
奈津子は首を横に振った。
「お父さん。母さんは強いことが言えない人だから、私が言うね」
「ん」
「退院の条件。二つ。いい。食べること、そして、諦めないこと。病院食が嫌なら、母さんが作ってくる。こんな、点滴つけたままでは退院できないよ。それと、一日でも一分でも一秒でも長く生きる。お父さんが諦めないこと。できるよね、お父さんなら」
「ん」
「母さんは、泣き虫だけど、頑張る人だから」
「わかってる」
「奇跡、起こそうよ。お医者さんがいい訳するとこ、見たいと思わない」
「そうだな」
「あっ、忘れてた。もう一つ条件があった。これは、私の条件。お父さんは、絶対に謝らない。済まない、済まないと言わない。いい」
「ん」
一週間で退院の準備が整った。真人は病院食を食べ、点滴を外すことに成功した。
奈津子と香織は真人の家で生活している。望月には建て変えてもいいと言ったが、奈津子はその必要はないと言ったらしい。
「なっちゃん。ほんとに、この家でいいのか」
「どうして」
「いや」
「私ね、よく智子さんと話をするの。あの写真の智子さんだけど。最近はすっかり仲良しの姉妹みたい」
「そうか」
「それに、この家は、子供の頃の思い出がいっぱいだし。私、ここ、好きよ」
「ありがとう」
「あなた。智子さんと、そして朝子さんといっぱい話あるでしょう。私のこと気にしたり、遠慮したら、私が居辛くなると思わない。私も香織も、智子さんと朝子さんも、皆、家族だと思ってる。香織も時々仏壇の前で朝子さんと話してるし、それでいい。変に気を回すと、香織に叱られますよ」
「ん」
広い庭に面している、以前は客間に使っていた部屋が真人の病室になった。仏壇も昔のままだった。随分長く家を空けていたように感じている。食事は食堂で取り、寝こまないように努力した。香織が学校に行くと、奈津子と真人の時間だが、香織が帰ってくると香織が真人を占有した。香織は事件の一部始終を知りたがった。
庭を散歩するくらいはできるが、体重は日に日に少なくなっているし、痛みも取れていない。それでも、平穏な毎日が過ぎていく。最後の日が近づいてきているのは本能が知っていた。
食堂で奈津子と二人でお茶を飲んでいる時に、電話が鳴った。
「東京地検の山岡さんという方が、ここに来たいと言ってますが、どうします」
「余り、時間は取れないけど、と言って、それでもと言われれば仕方ない」
「はい」
受話器を置いた奈津子が真人の前に座った。
「5分で来るそうですよ。少し疲れたと思ったら、すぐに帰してくださいよ」
「わかった」
奈津子が客を応接室に通して戻ってきた。
「お二人です」
「二人」
「先にお茶を出します」
「ん」
真人はしばらく待って、応接室へ入った。
「恩田さん」
「すみません」
「まあ、座ってください」
「僕は、断ったんですよ」
「いいですよ。で、ご用件は」
「お具合は」
「よくありません」
「そうですか。無理言って申し訳ありません」
「いつもの山岡さんと違いますね」
「いえ。どうしても、あなたの口からお聞きしておきたいことがあります」
「死ぬ前に、ということですか」
「申し訳ありません。その通りです」
「どうぞ」
「結城さんは、拘置所にいても、計画を実行する方法はあると言われた。それは、今でもあるんでしょうか」
「山岡さん。今のままでは、あなたは検察内部の厳しい競争を勝ち抜けませんよ。もっと柔軟な思考に替えない限り、どこかで落とし穴に堕ちます」
「えっ」
「あなたは、いつも自分が一番正しいと信じ込んでいる。競争に勝ち抜くためには、その気持ちは不可欠なものです。でもね、それが独りよがりなものであれば、刀の刃は自分の方に向けられているんです。あなたは、今まで峰の部分で相手を倒してきた。これは、大変危険なことです。あなたには、自分自身が見えていない。自分の刀がどちらを向いているのかも見えていない。なぜか、わかりますか」
「・・・」
「私にとっては、敵があなただったことで、どれだけ助けられたことか。たとえば、奈良西署の楠木刑事が相手だったら、私は手も足も出なかったでしょう。違いを教えましょう。あなたは、相手の立場に立って考えるという習慣がありません。でも、楠木刑事は犯人になりきって考えてきます。あなたは、強姦され、自殺した娘を持つ親にならなかった。楠木刑事は自分の子供が、女の子ですが、同じ境遇にあればと考えました。あなたが、本気で私の立場に立っていれば、私の話の中にある、多くの嘘八百に気づいたと思います。恩田さんは、私がまだ計画を実行すると言ってますか」
「いえ」
「私に聞くまでもないことです」
「だから、言っただろう」
恩田が山岡の顔を見ながら言った。
「こうやって、死を目の前にすると、見えていなかったものが見えてきます。この事件のキーマンは山岡さんだったんですよ。あなたの活躍がなければ、こんな結末にはならなかった。そうでしょう。検察上層部を説得することなど、私からすれば夢のまた夢です。あなたがいなければ、テロ計画はただの笑い話で終わったでしょう。一番感謝されなくてはならないのは山岡さん、あなたです」
「恩田、お前」
「僕は知らないよ」
「そうです。恩田さんも知らなかった。私も、つい最近気がつきました。それまでは、自分の力でやったのだと思ってましたからね」
「そんな」
「そのことに気づいたから、今日お会いしたのです。このまま逝ってしまうのも、どうかなと思ったんです。山岡さん。もう心配はありません。私にそんな力は残っていません」
奈津子が部屋に入ってきた。
「あなた、そろそろ」
「そうだな」
「結城さん。あの金はどうすればいいんですか」
「恩田さん。そんな話をすると、山岡さんの猜疑心に火を付けますよ」
「いいんです」
「あなたに任せます」
「宿題ですか」
「あなたは、どこまでもいい人ですね」
二人が帰ると、さすがに疲れて眠ってしまった。

ベッドで過ごす時間が長くなった。痛み止めの消費量も増え、会話も少なくなった。
一進一退の病状が続いた。
痛みは堪えがたくなり、おもわずうめき声を出すこともある。薬だけが頼りだった。半覚半睡の状態だったが、香織との約束を破ることはできないという意識は持ち続けた。夫としても父親としても、何も成していない真人にとって香織との約束が二人への誠意を表わす唯一の方法だったのだ。本気で、一秒でも一分でもと思っている。
3月には珍しく、その日は小春日和のような日だった。気分がよかったので、ベッドの頭部を上げて、庭を見ていると、明るい庭に朝子と智子が立っているのが見えた。
「父さん」
「あなた」
「もういいよ、父さん」
「ありがとう、あなた」
朝子の顔は、あの苦しそうな顔ではなかった。何度も想い出そうとして叶わなかった朝子の笑顔がそこにあった。
「朝子。智子」
「済まんな、お前たちの所へは行けそうもない」
悪魔に魂を売ってしまった真人は地獄行きを受け入れている。
「平気だよ。おいでよ」
自分が目を閉じたのか、二人の姿が消えたのか分からなかったが、目の前には奈津子の顔があった。
「今、そこに・・・・・・」
「あなた。真人さん。いやあぁぁぁ」
香織が部屋に飛び込んできた。
「母さん」
ここのところ、苦しそうな顔しか見ることができなかった。でも、真人の顔は苦痛に歪んでいなかった。痛みから解放されたためか、穏やかな笑顔に見えた。
「父さん。頑張ったよ」
香織の中で、お父さんが父さんに昇格した瞬間かもしれない。
「痛かったよね」
「もう、いいよ」

都会ほどの犯罪はないが、田舎の警察が暇なわけではない。楠木刑事も倉沢刑事も飛びまわっていた。
「楠木さん。あの結城さんが亡くなったそうです」
「結城さんが」
「自宅での病死だそうです」
「そうか。良かったんかな」
「わかりません。明日がお葬式だそうです。どうします」
「お前は」
「私は、行きたい」
「そやな」
「はい」
二人にとって、結城真人の事件はすでに遠い事件であつた。それでも、結城真人の最後は見ておきたかった。
結城真人の葬儀は、2時から自宅で行われた。案内板に従って臨時の駐車場に車を置いて、二人は会場に向かった。門の前に大きな看板があり、香典も記帳も受け付けていないと書かれていた。門をくぐると、広い庭に人が群れていた。それは制服姿の学生で、百人近くいるのではないかと思われた。テントの下にある祭壇の横に親族が座っているが、四人しかいない。葬儀社の人数の方が多い。大人の参列者は数えるほどで、小さくなっていた。
葬儀社の人間が葬儀の開始を案内し、遺族席にいた制服姿の女子がマイクを握った。
「今日は、来てくれて、ありがとう」
「これほど多くの人が来てくれるとは思っていませんでした」
「私の父、結城真人は殺人犯です。病気になって保釈され、この自宅で亡くなりました」
「犯罪者の葬儀に、皆に来てほしいと言ったのは、私が父を誇りとしていること、そのことを多くの人に知ってもらいたい。そう思ったからです」
「結城真人は、私の実の父親ではありません。母が再婚して、私はつれ子として娘になりました。でも、普通の親子関係には負けていません。私が結城真人の娘になる前、父には高校一年の娘がいました。名前は結城朝子です。私にとっては一度も会ったことのない姉に当たるのかもしれません。結城朝子は大阪で強姦され、この家に戻って来て、自分の手で死を選びました」
「犯人は裁判で有罪になりましたが、5年で刑務所を出てきました。5年です。罪は償ったと胸を張ったそうです」
「父は、その男を拉致して、監禁しました。撤去されましたが、この建物の裏にあった離れに監禁したのです。全く反省の気持ちは無かったそうです」
「犯人は他にも強姦をしていると確信していた父は、手の爪10本、そして、足の爪10本、ペンチで剥がすと脅かしました。それでも白状しなければ、骨を砕き、耳を削ぎ、生きたまま壊していくと脅しました」
「その男は、爪を剥がされる前に、11件の強姦を白状しました。私の姉の朝子を強姦するまでに11人もの女の子を強姦していたのです」
「その男はまだ、何か隠していました。父は男の左手小指の爪をペンチで剥ぎ取りました」「男が白状したのは殺人でした。抵抗した女の子を殺し、山に埋めたのです」
「死体を埋めた場所も白状したので、警察に引き渡すつもりでしたが、その男は舌を噛んで自ら命を絶ちました。法律の知識はありませんが、これは殺人罪になるそうです」
「父は自首をして、殺人犯として逮捕されました」
「私は、最初に、父を誇りに思っていると言いました。もし、私が、朝子さんと同じように強姦され自殺したとしても、父は私の無念を晴らすために、自分の命を賭けてくれたと信じることができるからです。私は殺人犯の娘でも、恥ずかしいと思ったことはありません。逃げ腰の大人ばかりなのに、父は娘の無念に正面から向き合ってくれた。そんな父を私は尊敬し、誇りに思います。私にとって、父は英雄です」
「私の家は親類縁者がほとんどありません。英雄を送り出す葬儀で、送ってくれる人が少なくて寂しいのは可哀そうです。だから、皆の力を借りようと思いました。是非、父の出棺の時は、皆の、大きな、拍手で、送ってもらいたい。おっさん、よくやった、と褒めてやって欲しい。世の中、まだまだ捨てたもんではないと、感じてやって欲しい。父さんは、ほんとに頑張ったんです」
少しの間があって、拍手が湧きあがった。拍手のせいで、進行役を務めている葬儀社の男の声は聞き取れなかった。
焼香が終わり、棺を門の外で待機している霊柩車まで運ぼうとした葬儀社の人間は飛び出してきた男子生徒たちに押しのけられてしまった。
割れんばかりの拍手の中を、結城真人の棺が出ていく。
楠木刑事と倉沢刑事も、学生たちに負けないくらいに手を打ち合わせた。
「ええ葬式や」
「はい」
二人の刑事は会場を後にした。
「あの、おっさんも、ええ根性しとったけど、あのねえちゃんも負けとらんな」
「ええ」
「警察にリクルートせな」
「駄目ですよ。結城不動産の跡取りで、次期社長ですよ」
「不動産屋のおばちゃんでは可哀そうやろ」
「でもね」
「なんや」
「警察だと、婚期を逃しますからね」
「それは、言えとる」
「楠木さん」
「わしは、何も言うとらんで」
「それを、セクハラ根性と言うんです」
「悔しかったら、結婚してみい」
「もう」
「仕事や、行くで」
二人の刑事は駆け足で車に戻った。




 了

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0