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発想の転換 [評論]



岸田政権の「新しい資本主義」というものが、骨太の方針を出した後も、何が「新しい」のか、未だに、よくわかりません。それでも、国民は岸田政権を支持しています。ほんとに、国民の皆さんは、「底なしのいい人」です。いや、ご立派な「下々」です。
確かに、盛沢山な施策は並んでいます。しかも、過去の施策の焼き直しばかりです。過去の施策を網羅したことが「新しい」の意味なのでしょうか。
骨太方針の重点項目を見てみましょう。
(1)人への投資と分配
(2)科学技術・イノベーションへの投資
(3)スタートアップ(新規創業)への投資
(4)グリーントランスフォーメーション(GX)への投資
(5)デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資
骨太方針の重点は、政府による投資です。
文字面だけを見ていると、何となく、新しく見えるかもしれません。
でも、その中身は、貧弱です。
1億円投資するのも、100兆円投資するのも、「投資」という同じ言葉を使います。
しかし、重点と呼ぶほど大々的に宣伝するほどの投資額には見えません。遠慮がちな防衛予算の増額のほうが、はるかに重点項目に見えます。
「3年間で4,000億円」となっていますが、年間では、1300億円、GDP比0.02%です。
例えば、職業訓練に投ずる政府投資を海外と比較してみると、オランダではGDP比0.35%です。日本の17倍です。
多くの方が指摘しているように、日本に求められているのは労働環境の大改変です。職業訓練に、チョロチョロと投資していたのでは、焼け石に水です。アリバイ作り、「やってます感」しか感じません。全く「新しくない」、従来の「なあ、なあ」「まあ、まあ」の延長線でしかないように見えます。ある記事では、「新しい資本主義」を「水増し、玉虫色、混乱」と書いています。
国力衰退が顕著な日本に必要なのは、職業訓練レベルの弥縫策ではないと思います。
労働構造、経済構造、国家構造の変化が必要なのだと思います。もう、これまでの構造では、生き残れない環境にあるのが、今です。ただ、構造を変えるためには、思考を変えなければなりません。しかし、原因究明がされていませんので、思考が変わりません。
私達の身近にある「もやもや」を見てみましょう。
古典的な疑問ですが、「何のために働くのか」という疑問です。
もちろん、「自分のために働く」のです。
雨露をしのぎ、日々の食糧を手に入れるためには、働くしかありません。これは、人類が地球に誕生して以来、何も変わっていません。ただ、いつの時代でも、「自分」という概念には差があります。自分だけなのか。自分の家族なのか。自分の家族と仲間なのか。自分を含む集落の皆なのか。その範囲が狭くなればなるほど活動が狭くなるのも仕方ありません。現代は、その弊害が表面化しているように見えます。
「労働とは」という言葉の定義をしてみる必要があるのではないかと思います。
「自分のためだけに働く」というモチベーションを、ほんの少し削り、「自分の子供を含む、全ての子供達の未来を守るために働く」というモチベーションを、加味してみてはどうかと思います。モチベーションなんて無形のものですから、力にはならないと思う方もいるかもしれません。でも、そうではありません。国民の意識が全てを決めるのです。
そう考えると、政府が最優先でやらねばならないことは、国民の心への、国民意識への、働きかけなのではないでしょうか。経済は、国は、国民次第なのです。
言葉の定義をし、責務を明確にし、目的を持てば、国民の力が、この国を蘇らせます。
ここまで窮地に追い詰められた日本を再生するのは、意識を変えることでしか、実現できないと思います。人間の力を嘗めちゃいけません。人間は、時として、不可能を可能に変えてしまう力を持っているのです。それは、国民の意識から生まれます。
過去の延長線上には、日本の未来はありません。
「なあ、なあ」「まあ、まあ」をやっている場合ではありません。
人への投資金額は少額ですが、それでも、財源は必要です。
財源は、全て、借金で賄うのでしょうか。
これも、過去の延長線上の、「なあ、なあ」「まあ、まあ」です。
岸田政権だけではなく、皆さん、借金に麻痺しています。
財務省のことを糞味噌に言う方がいますが、財務省の言っていることのほうが正しいと思います。それは、後世の歴史家が証明してくれます。
どうして、今の状況が末期症状だということがわからないのでしょう。

「新しい」とか「優しい」とか、耳障りの良い言葉は、利用価値はありますが、言葉だけでは、現実は変わりません。
キャッフレーズを発表すれば、それだけで、仕事をした気分になっているのでしょうか。
政治家の先生方は、与野党問わず、「標語」「スローガン」「キャッチフレーズ」が大好きです。いや、昔から、日本人は、国会議員に限らず、「お偉い先生方」は標語が好きです。それも、「標語」を実現する基盤のない、一人ぼっちの「標語」ばかりです。「1億〇〇〇」という標語は、ベストセラーです。過去には「1億玉砕」というスローガンもありました。
中でも、岸田総理一押しの、「貯蓄から投資へ」というキャッフレーズには、違和感しかありません。
この「貯蓄から投資へ」というキャッフレーズは、1960年代から言われ続けたキャッフレーズであり、かなり「手垢」がついていますが、岸田政権のキャッフレーズは、斬新で、実現可能なものなのでしょうか。まだ、中身はよく見えませんが、NISAやiDeCoの拡充のようです。これまでも、NISAやiDeCoは宣伝してきました。実際には、その宣伝で、投資が大幅に増えたわけではありません。未だに、個人資産の5割強は預貯金です。
「貯蓄から投資へ」に関する最近の世論調査では、別の議論が盛んです。
「あなたは、あなたの貯蓄を投資へ回しますか」という質問に対する答は、次のような結果だったそうです。
投資に回そうと思わない40%
投資に回す貯蓄がない34%
投資に回そうと思う23%
このアンケートでは、「投資に回す貯蓄がない34%」が脚光を浴びてしまいました。このことは、このブログでも何度となく指摘してきたことですから、別に驚くようなことではありません。これが現実です。
驚きは、「投資に回そうと思う」と答えた人が23%もいたことです。
いや、逆に、「お上」のお達しに「ふむ、ふむ」と頷いた人が23%しかいなかったということにも驚きました。アンケートですから、実際に投資に回す必要はありませんので、「ふむ、ふむ」と答えてもいいと思うのですが、皆さん、どうしてしまったのでしょう。
では、この23%の皆さんは、貯蓄を投資へ回すのでしょうか。
そうは、思えません。
50年も、「貯蓄から投資へ」と宣伝し続けてきた結果が現在です。
突然、23%もの人が投資をするのでしょうか。
あり得ません。
もしも、政府の口車に乗って投資を始める人が23%もいれば、この国の近未来は、今の予想よりもはるかに厳しいものになります。老後資金を手にする人(1%)よりも、老後資金として貯蓄していた資産を失う人(99%)のほうがはるかに多くなるということであり、悲惨な老後を迎える人が増えることを意味します。
日本人の持っているスキルで投資をすれば、資産を失うのは、火を見るより明らかです。
それほど、日本には「投資する」という習慣がなかったということです。
投資と言えば、「これに投資してくれれば、年に2割の配当が手に入ります。もちろん、元本は保証されます」という詐欺事件でしか馴染みがありません。ですから、投資とは、詐欺の手法だと思っている人もいると思います。
投資は、全員が利益を手にするわけではありません。当たり前のことですが、カネを手にする人と、カネを失う人が、同じ数いるのです。それが、投資です。しかも、プロとアマのオープン戦です。明らかに、プロのほうが強いと思います。投資の世界は、経験と技術力の闘いの世界です。貯金しかしなかった素人が、投資という戦場に行くのは自殺行為です。そんな甘い世界ではありません。プロである金融機関・証券会社と外国人投資家の利益を増やすだけだと思います。
貯蓄の場合のリスクは、金融機関の倒産と国家破綻とインフレですが、投資の場合のリスクは、それらの貯蓄リスクだけではなく、あらゆるリスクに対応しなければなりません。情報量の少ない個人には、リスクを知ることだけでも難しいのが現状です。
23%の「投資に回そうと思う」と答えた人が、建前で答えていてくれたらと思います。2割もの人達が、悲惨な老後に直面すれば、それは、国の崩壊と言っても過言ではありません。そんな馬鹿なことはしないと思いますが、心配です。総理大臣が言ったからと言って、総理大臣が責任を取ってくれるわけではありません。投資の損失は自己責任です。
もっとも、若い人は貯蓄がありません。預貯金を持っているのは高齢者です。「投資に回そうと思わない」と答えた人は、ほとんどが老人だと思います。
現実を見れば、「貯蓄から投資へ」というスローガンは実現しません。政府のスローガンに騙された若者の中の、23%が、虎の子の貯金を失い、路頭に迷う人を作るだけです。
また、個人が貯金を引き出して投資をしても、投資の総額は変わりません。個人の貯金は金融機関が投資をしているのですから、金融機関の投資が減るだけです。投資額は同じなのですから、それで経済が活性化するわけではありません。いや、そもそも、この国には資金需要がありません。
どう考えても、「貯蓄から投資へ」は何の役にも立たないのです。
もしも、個人の収入を増やしたいのであれば、預貯金の利息を高くすればいいのです。
預貯金の利息を上げられないのであれば、預貯金と投資の間に、NISAやiDeCo以外の、ローリスク・ローリターンの金融商品を作る努力をするべきです。時間はかかりますが、ローリスク・ローリターンの金融商品に、国民が慣れてくれば、ハイリスク・ハイリターンの投資に挑戦する国民が育ちます。
政府は金利を低く抑えて、個人の貯蓄による利益を奪っておいて、個人に博打をしろと言うのは、なんか、違うと思います。

今日は、岸田政権の「新しい資本主義」の「人への投資」と「貯蓄から投資へ」を取り上げましたが、この施策で国力の衰退が止められるとは思えません。
もちろん、骨太の方針には、これ以外にも、数々の施策が盛り込まれています。
骨太の方針策定に何人の人がかかわったのかは知りませんが、大勢の優秀な人材が、長期間、寝食を忘れて、作り上げたものだと推測します。
彼等の努力は報われるのでしょうか。
いいえ、報われることはありません。
国力衰退は、粛々と進行します。
私は、シシフォスの神話を思い出します。
先端が尖った山の頂上に大きな岩を持ち上げるという刑罰を受けたシシフォスは、渾身の力をこめて、岩を押し上げます。しかし、その山の頂上は三角形の頂点のような形状をしているために、岩は山を転がり落ちます。シシフォスは、再び、山を下りて、岩を持ち上げねばなりません。この刑罰には終わりがありません。たとえ、シシフォスが神の一人だとしても、体力が続くとは思えません。いつかは、岩と共に山から転落することになります。
私達がやっていることは、シシフォスの神話です。
過去にしがみ付き、「なあ、なあ」「まあ、まあ」方式を続けるのは、もう、限界です。
私達に必要なのは、発想の転換だと思います。
どうか、そのことに、一刻も早く気付いて欲しいと思います。
国力衰退の先にある国家崩壊で被害を受けるのは、国民の皆さんです。
貧しい生活をしている人も、まあまあの生活をしている人も、豊かな生活をしている人も、一人も取りこぼすことなく、極貧生活を強いられることになります。「そんな馬鹿な」と思っている皆さん。それ、勘違いです。その勘違いは、皆さんが想像力を失っているからです。多分、今の皆さんには想像できないと思いますが、「明日の食糧の目途が立たない」「今日、食べる物がない」「もう、3日も食べていない」が日常になるのです。国が崩壊するということは、そういうことなのです。
皆さんは、自分の身を守るために、子供達の未来を守るために、行動を取るべきだと思います。


2022-07-02



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