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すずめ [超短編]

すずめ


どこにでもある物干し竿、その左端に物干し竿を拭くためのタオルがかかっている。それが僕の幼少の頃の思い出。そのタオルを自分の故郷だと信じている雀がいた。まだ、毛が生え変わらない子雀で、体を膨らませて遠くを見ていた。近くに親雀がいるような様子はなく、なかなか餌を取りに行こうとしない。陽のある間は空を飛んでいるか、餌をついばんでいるのが雀の生態だと思っていたので、心配だった。ベランダに出て行って、話しかけても、言葉が通じないのだから、手の打ちようがない。僕は余った食パンをアルミの皿に入れて、子雀の応援をすることにした。食べやすくするために皿の中に水を入れると言う気の使いようで、自分でもよくやったと思う。家族の一員にするために名前を考えた。弟が欲しかったので、チュン太に決めた。ありふれてるって。でも、どう見てもチュン太なんだから。皿の端を両足でしっかり掴んで、パンを食べてる姿を見るのが楽しみだった。どうやって情報が漏れたのか、大人の雀が何羽も来るようになり、チュン太は隙を見て一口食べるのがやっとと言う状態になった。大人の雀は行儀が悪くて、パンを食い散らかす。ベランダがパンだらけになり、洗濯物に糞をする。母の怒りが頂点に達した。
「やめてちょうだい」
ベランダの掃除を命じられ、一時間かけて掃除をした。母の「家族を大事にする男になって欲しい」と言っていた言葉は嘘なのだろうか。
パンが無くなって雀の訪問はなくなった。寂しさに耐えることが大人になることだと言うことに、漠然とでも感じた記念すべき出来事だと前向きに考えることにした。

あれは、抜けるような青空の日だった。学校からの帰り道、僕は友達の浩平君と別れて、ふとん屋とクリーニング屋の間の道に曲がった。車の通行も人通りも少ない道路で、道路の真ん中を歩いても危険はない。だが、僕はすぐに立ち止まった。目の前で戦いが展開されていた。一羽の獰猛なカラスと十羽の雀が睨みあっている。雀の鳴き声に殺気がこもっていた。餌の奪い合いだと思うが、雀がこんな強硬手段に出ているのを見たことがない。普通、雀は逃げるでしょう。カラスも攻撃雀に初めて出会ったのかもしれない。戸惑いが見える。雀軍は距離を保ちながらも、攻撃の意思を示していた。がんばれ。だが、カラスには飛び去る気配はない。雀軍に追い払われたことが知れたら、仲間外れにされてしまうのかもしれない。カラスが羽根を広げて前に出ると、雀軍が後退する。雀軍の武器はその鳴き声だけなのか、必死の鳴き声でカラスを威嚇する。じれたカラスが立ち去りそうな様子を見せた時に異変が起きた。そのカラスの気持ちを読んだのか、一羽の雀が大きく前に出た。距離を保つことに失敗した雀の首に、カラスの巨大な嘴がくいこんだ。泣き叫ぶ雀。戸惑うカラス。だが、カラスは口にした雀を放しはしなかった。仲間の雀軍が距離を詰めた。今にも雀が本当に襲い掛かるのではないかと思うぐらい緊迫した。雀を銜えたカラスは後退せざるをえない。一歩、二歩、三歩と後退したカラスが飛び立った。雀を銜えたまま。残された九羽の雀は嘆きの声をあげるだけで、それ以上のことはできなかった。僕も動くことができなかった。見てるだけじゃなく、援軍として駆けつけるべきだったのではないか。あの犠牲になった雀がチュン太でないことを祈ることしかできない自分が情けない。家族を守れなかった自分を恥ずかしいと思った。
僕は前川君を思い出した。クラスで一番の乱暴者。被害に遭っている子が何人もいることを知っている。そう言えば、前川君はどこかあのカラスに似ている。僕もあの暴力に屈して泣くのだろうか。噛みついてやろうか。無理なんだろうな。
家に帰って、僕はベランダを見ていた。餌はなくなったが、青年になったチュン太が来ていることは知っている。






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