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「天軍の藍」 [短編]


年に一回開催される天軍世界会議の日を迎えて、藍(アイ)と琉(リュウ)は日本代表として出席していた。日本地域司令部が若い二人を代表として送り込んだのは、会議の結果に期待を抱いていない証拠だと二人は思った。少なくともこの百年は苦しい運営を強いられている日本地域だったが、世界の状況から見て増員を得られる可能性は極めて低いと判断したのだろう。二人の若者の修行を兼ねて、百年先のことを考えての決断だったのではないだろうか。どの地域も出席者には長老と呼ばれている人たちを送り込んでいた。
天軍の兵士は一日に一人しか誕生しない。一年で三百六十五人しか生まれてこない兵士を、どの地域に何名派遣するかを決める世界会議で、日本地域はこの百年間に十名しか獲得していない。文字通り焼け石に水の増員だったが、他の地域の状況から勘案すると、日本地域は恵まれていると評価する兵士もいる。地球上に生きている人間の人口は激増している。それなのに、天軍兵士は数千年前と同じペースでしか誕生しない。もしも、この天軍という組織が人間界のものであれば、過労死による死者で天軍消滅を迎えるか、暴動で自滅するかの運命を辿っていただろう。
世界中から集まった代表が地域の現状を報告している。その悲惨さは想像していたよりも深刻なもののようだ。今年も増員獲得は無理だと思わざるをえない。過去の世界会議に出席した先輩を非難していた二人だったが、今は言葉もない。
人間という生物は、善と悪の二面を持っている。人によって、その善と悪の割合は違うが、悪を持っていない人間は一人もいない。人間が邪悪な行動をすると地軍兵士が一人誕生する。誕生した地軍兵士は、人間にさらなる悪行を勧める。悪行の内容や回数は肥大するばかりなので、人口の増加率を凌駕する勢いで地軍兵士が増え続けているのが現状だった。地軍兵士は天軍兵士に触れられるだけで消滅するのだが、無尽蔵に湧き出す地軍兵士を根絶やしにすることは不可能といえる。
天軍兵士と言えども、地軍兵士の生みの親になっている人間を倒すことはできないので、地軍兵士を駆逐するという作業を何千年も続けてきたが、最近、触れただけでは消滅しない地軍の兵士がいるという報告が中国地域からあった。過去にも南アメリカ地域で同じような報告があったが、この三十年間そのような実例はない。南アメリカ地域の場合、人間が足を踏み入れたことのない場所に監禁しているが、その地軍兵士が逃げ出したのではないとすると、今後も同じような地軍兵士が出現する危険がある。今日の会議ではそのことも大きな議題となるだろう。
「琉」
「ああ」
「今年も、駄目みたいだね」
「ああ」
「他所は、もっと、ひどいんだ」
「ああ」
休憩時間だった。天軍兵士も地軍兵士も人間の目では見ることができないが、兵士同士には姿が見える。人間で言えば二人ともまだ十代半ばの女子と男子だった。
「俺たち、何、やってんだろう」
「仕方ないよ。私たち、天軍なんだもの」
「ああ」
「それより、あの突然変異の地軍兵士、どうするのかな」
「ああ」
「琉」
「ああ」
「その、ああ、やめてよ」
「ああ」
「ばか」
「ごめん」
「琉は、人間、殺したいと思ったこと、ないの」
「あるさ。毎日、そう思ってる」
「だよね。先輩たちも、そう思ってるんかな」
「だろう。ひどいの一杯、いるから」
「人間が、みんな、死んだら、私たち、どうなるのかな」
「そんなこと、わかんないよ」
「でも、考えない」
「考える。でも、わかんない」
「そう言えば、こんな話、地上ではしないね」
「どやされそうだもんな」
「地軍の兵士は、どう、思ってるのかな。人間なんて滅べばいいと思うのかな」
「さあな」
「典さんが言うように、昔の人間はあまり悪さをしなかったのかな」
「そんなこと、ないよ。だって、人間なんだもん」
「でも、今と違って、目は行き届いていたのね」
「うん」
藍と話をする時は、気をつけなくてはならない。返事の仕方だけでも、むきになって怒りだす。二人でペアを組んで戦い初めて五年になるが、藍のパワーは年々増強し、今では全世界の天軍兵士のトップクラスにまでなっていた。このままでは、化物になってしまうのではないかと心配する長老もいる。天軍兵士は人間の神ではなく、人間の付属品にすぎない。天軍兵士が神の権力を使えば、人類自体が消滅してしまう。琉は地軍兵士に触らなければ駆逐できないが、藍は遠くからでも地軍兵士をなぎ倒してしまう。このままでは、人間を消滅させるような力を手にするのではないかと心配されていた。地軍兵士に突然変異のような兵士がいるように、藍も天軍兵士の突然変異なのかもしれない。同じ天軍兵士でありながら、琉は藍のオーラに怯えてしまう時があった。
藍は琉のことを対等な仲間だと言っているし、本人もそう信じているようでもあったが、周囲の見方は違っていた。琉のことを藍の副官と考えている仲間もいるし、部下だと思っている奴もいた。力の差が歴然としているのだから、仕方がないと琉も納得している部分があるが、藍はそれを認めていない。そんなことを認めるなと、琉に食ってかかってくる。人間が悪行という行為をなして、地軍兵士が誕生し、その地軍兵士を見つけて天軍兵士が駆逐に向かう。だが、最近では地軍兵士を生み出そうとしている人間を検出するという能力を藍は手に入れていた。地軍兵士の大きさや多さという規模もわかるらしく、先回りをする場面が何回かあった。
休憩時間にも関わらず、議長室に来るようにという使いが来た。
部屋に入ると、世界会議の議長を務めているJKと呼ばれている長老が一人だけで待っていた。
「休憩時間なのに、済まない」
「いえ」
「座って、話をしよう」
「はい」
藍と琉は、勧められた椅子に座った。
天軍兵士の兵役は人間界の長さで言えば五百年。JKは引退を前にした長老だった。
「典と話したんだか、藍の活躍は素晴らしいものだ」
「とんでも、ありません」
「典とは同年兵でな。地域は違ったが、今日まで仲間でやってきた」
「はい」
「今日は、藍に頼みごとがある」
「はい」
「突然変異と思わる地軍の兵士のことは知っているな」
「はい」
「以前にボリビアで起きたことは聞いているか」
「はい」
「今だに、なにもできていない。隔離拘束しているだけだ」
「はい」
「中国で、同じ事例が起きた。だから、今後も、この可能性はあるだろう」
「はい」
「藍の力で倒せるかどうか、試してみてもらいたい」
「はい」
「中国地区司令部の糸という兵士が来ている。藍が戻り次第会議を始める」
「はい」
中国地区司令部の糸という兵士に紹介され、藍と琉はワープした。
中国共産党の幹部である毛劉生の息子で毛光沢という上海大学の学生が、既に三人の女子学生を殺害している。通り魔の仕業だと言われていたが、被害者は毛光沢と同じ教室で学んでいた学生だった。図書館にいた毛光沢の周囲には山のような地軍兵士と三人の大きな地軍兵士が見えた。
「琉。こいつら、違うよ」
「ああ」
地軍兵士は天軍に見つけられないように、擬装したり、身を縮めたりしているのが普通だが、ここの三人は平然と身を晒している。図書室には別の人間についている地軍がいたが、それらの兵士には逃れようという様子がある。
「糸さん。何回、攻撃しました」
「何十回と、やった」
「そうですか。琉。念のため、一度、速攻で一人だけ」
「わかった」
琉が飛んだ。だが、三人の地軍兵士には何の変化もなかった。兵士は藍の方を見て、笑ったように見えた。
藍の目が青色に変化して、光を帯びた。一瞬にして地軍兵士の姿が消えた。
「消えた」
「藍」
「いつもと、違う。抵抗が大きかった」
「どう、やったんだ」
糸が目をむいて訊いた。
「私にも、まだ、わかっていません」
「んんん。でも、よかった」
「他の地軍はどうします」
「きりがない。後で、誰かをよこす。戻ろう。議長が待ってる」
「はい」
三人は再びワープして会議場に飛んだ。会議場は大西洋の洋上にある。天軍兵士のワープ力には個人差があり、藍は琉に勝ったことがない。琉は藍のスピードに合わせてくれていた。
報告を聞いた議長は、大きな溜息をついた。ボリビアの事件以来、ずっと気になっていたに違いない。
「藍」
「はい」
「ご苦労だった」
「とんでもありません。私はなにも」
「だかな。お前のその力が、人間や天軍にとっていいものなのかどうか、わしには、わからん。今となっては、なくてはならないものになってしまったようだが、なぜか、ここがざわつく。歳のせいかのう」
「議長」
「いや。お前が悪いとは思っとらん。ただ、おまえの力はもっと、もっと強くなるかもしれん。藍は人間を抹殺したいと思ったことはないか」
「いえ。あります」
「わしらも、気持ちは同じじゃ。だが、わしらには、その力がなかった。おかげで、誰ひとり禁を破ったものはおらん。天軍は神ではない。だから、人間を裁くことはできん。これだけは、どうしても、譲れん」
「どんなに、酷い人間でも、ですか」
「そうだ」
「・・・」
「不満か。いいか、藍。もし、天軍が人間を裁くとして、誰が決める」
「それは、司令部でも世界会議でも」
「司令部にも、会議にも、そんな力はない。ならば、どんな悪行を裁く」
「あまりにも、酷過ぎる悪を」
「それは、どうやって、決める」
「誰が見ても、酷いと思う人間はいます」
「いいか。今日、明日の話をしとるわけじゃない。何千年も、何万年も先のことを考えねばならん。だれでも、正義を求めるものじゃ。自然と基準は厳しいものになる。最後には、人間は一人も残らなくなる。なぜならば、人間は悪行をする生き物だからじゃ。わしらは神にはなれんし、神になってはいかん」
「議長。神は、存在するのですか」
「そんなものは、おらん。たとえ、人間でも、天軍兵士でも、自分が神だと思った時が地獄の始まりなのじゃよ」
「どうして、神はいないのですか」
「無いものねだりじゃ。全知全能の神がいてくれたら、助かるという助平根性じゃ」
「では、人間に救いはない、と」
「ない」
「今のままでは、人間は滅びませんか」
「滅ぶかもしれん」
「それでも、いい、と」
「いい、とは言わんが、仕方のないことじゃよ」
「黙って、見ているだけ、ですか」
「そうだ。今までも、今からも。天軍は天軍の使命を果たす。それしかできん」
「つらい、使命ですね」
「ん。おまえだけじゃない。天軍の兵士なら、誰もが、そう思っとる。わしらは、人間の悪行を見る仕事をやっとる。辛くないわけがない」
「はい」
「今から、わしの言うことを、しっかりと聞いてくれ。今日から、藍は天軍にとって欠くことのできない最終兵器になった。じゃが、おまえが禁を破れば、名簿からお前の名前を消すことになる。そうなれば、駆逐できない地軍兵士が増殖するかもしれん。そして、人間は破滅への道を転げ落ちるかもしれん。そうなるとわかっていても、わしは、おまえの名前を消す。これだけは、譲ることができん。わかってくれ」
「はい」
天軍兵士は名簿から名前を消されると、消滅する。過去、兵役中に名前を消された兵士は一名もいなかったと聞いていた。
「琉」
「はい」
「藍を守ってやってくれ」
「はい」

日本に戻った藍と琉は、通常任務についた。天軍兵士には八時間だけ自由時間が認められていて、残りの十六時間は、地軍の掃討作戦に従事する。だが、どこの地域でも自由時間というのは名目だけのものになっている。司令部の指示から外れるだけのことで、やっていることは地軍の掃討という仕事だった。兵士は兵士なりに個人としてのこだわりがあり、重点的な掃討行動をしたいと思っている。藍は児童虐待に曝されている子供たちを守りたいと思っていた。小まめに地軍を取り除いてやらないと、地軍兵士に唆された親が暴力をふるい続ける。だから、自由時間の八時間だけは、その仕事に専念することにしていた。それでも、殺されてしまう子供たちがいる。内縁の夫や、恋人の男に逆らうことが怖くて、自分の子供が虐待されていることから目を背ける母親もいて、男が帰ってくるのを待つこともあった。目の前で子供が死ぬ現場にもいた。暴力を振るっている男を抹殺したいという強い欲求を押さえるだけでも苦しい。でも息の絶えた子供の小さな体を見ると、自分を止めることが困難になる。琉がいつも、そんな藍を体で止めてくれる。
藍と琉が通常任務でパトロールする地域は奈良北部だった。大都会に比べれば人間の情緒は大人しい方だが、そこにもあらゆる悪行が横行している。桃源郷のような地域は世界中を捜してもない。
「藍」
琉が指さす方を見た。
「すごい」
豪邸の前に停まった車から出てきた女の周りに無数の地軍がいた。掃討対象から外れる、ごく小さな地軍の兵士がひしめきあっている。その数は数えることもできないほどの多さであった。
「限界、超えてる」
地軍兵士は人間と共にあり、十メートルも離れると自然消滅してしまう。その女の引き連れている地軍は膨れ上がるだけ膨れていた。過去に天軍兵士に遭遇したことがないか、掃討対象から外れていたために見逃されてきたかのどちらかだと考えられる。
「虚言」
「ああ。大うそつきだな。どうする」
「女のスカートの中」
「ん」
「少し、大きいのが隠れてる」
小粒の地軍は、天軍に攻撃されないことを知っているから、天軍兵士がやって来ても隠れようとはしない。
女は黒い雲を引き連れるようにして家に入って行った。
「行くよ」
「ああ」
女は十九歳。G女子大の学生証を持っていた。死ぬほど多くの嘘をついて生きている女子大生だった。たわいもない嘘なら誰でもつくが、スカートの中に隠れた地軍兵士の大きさからは、嘘が重大な結果を招いた可能性がある。充分掃討する対象になると判断した。使用人がいるような大きな家。女の部屋も畳二十畳ほどの広さがある部屋だった。女が着ている物を脱いで全裸になると、大きめの地軍兵士が二人現れた。
「いた」
部屋は地軍兵士で埋め尽くされていた。
「私が、やる」
藍がパワーを溜めて、放った。部屋に充満していた地軍兵士が一瞬で消滅した。女の目には天軍兵士も地軍兵士も見えないはずなのに、周囲をうかがい、バスローブで体を隠した。何らかの異変を感じたのだろう。女は裕福な家に生まれ、可愛い容姿に恵まれているのに、どうしてこれほど多くの嘘をつくのだろう。二人は念のため両親の部屋を見ることにした。すると、父親の部屋にも母親の部屋にも溢れ出しそうなほどの地軍がいた。両親も大勢の人を騙して生きている人間だった。
嘘つき家族の家を後にした二人は北に向かった。
「段々、早くなる」
「何が」
「藍の武器。こう、パワーを溜めて、バーンと行くだろう。以前はもう少し、時間がかかってた」
「そう。自分では、よくわからない」
道路脇に車が二台停まっている。その車の外で二人の男が言い争っていた。
「あっ」
「どうした」
「あの男、ナイフを持った」
次の瞬間、片方の若い男がナイフを相手の腹部に突き刺した。かなりの大きさの地軍が男の横に現れた。ナイフを刺した若い男は返り血を浴びたまま、平然と自分の車に乗り込み、その場を後にした。
「琉。あいつを、たのむ」
「おう」
琉は車を追い、藍は倒れた男に近づいた。男は痛みにのたうち回りながら、携帯で救急車を要請していた。男の周りに血が広がっていく。救急車は間に合うだろうか。このような緊急場面に出会っても、天軍兵士にできることは何もない。人間には聞き取れないとわかっていても、「がんばれ」と言うしかなかった。
琉が戻ってきた。
「終わった」
「うん」
「間にあうかな」
遠くで救急車のサイレンが鳴っている。男は気を失っていて、動かない。男についている小さな地軍兵士が動いているということは、男がまだ死んでいない証だった。
「藍」
「うん」
「行こう」
「うん」
二人は山沿いを東に向かった。
毎日毎日、人間の悪行を見続けている天軍兵士の心が死んでしまわないのが不思議だった。天軍兵士にも感情はあった。
その日のパトロールを終えて司令部に報告書を提出した。
「藍」
「はい」
「明日。ボリビアに行ってくれ。世界会議の要請だ」
「はい」
「向こうの司令部のBLに会ってくれ」
「BLさんは、典さんの知りあいですか」
「ん。頼りになるやつだ」
「地軍を駆逐したあとの人間はどうしたらいいんですか」
「それは、現地にまかせろ。おまえは駆逐するだけでいい」
「はい」
三十年隔離していたということは、地軍兵士を生み出した人間は三十年間行方不明になっているということになる。そんな人間が社会に復帰できるのか。事情を知らない藍にできることではなかった。
現地司令のBLが言った通り、隔離場所は人跡未踏の場所にあった。天軍兵士なら簡単に行くことができるが、人間を運ぶとなると至難の業だったろう。
藍の力が、一瞬でボリビアの地軍兵士を駆逐すると、BLは中国の糸と同じ表情で驚いていた。南米司令部が三十年間苦しんでいたことが、その表情に表れていた。
「人間を、ここまで、どのように運んだんですか」
「えっ。知らなかったのか」
「はい」
「議長に聞いてくれ。議長が話してないのなら、私の口からは言えない」
「そうですか」
「だが、助かった。本当に助かった。典にもよろしく言っておいてくれ」
「はい」
「後は、こちらでやる」
「はい。琉、帰ろう」
「ああ」
「琉」
「ん」
「私を待たずに、最高スピードでワープしてみて」
「どうして」
「どのくらいの差か、知っておきたい」
「いいのか」
「うん」
「怒るの、なしだぞ」
「わかってる」
「よし。行くぞ」
二人は同時にワープした。
司令部に先着したのは、当然、琉だった。時間的にはごく僅かなものだったが、距離にすれば二百キロメートールは遅れていた。
「こんなに離されるとは思わなかった」
「おまえに勝てることが一つぐらいないと、ペア組んでられない」
五年前に日本地域に配属されて、琉とはずっと一緒に行動してきた。琉の気持ちに立った時、果たして自分の行動は正しかったのだろうか。琉には不満があったのかもしれない。藍は口を閉じた。周囲に副官とか部下のように見られて、気分がいいはずはない。自分が上官だと思ってないとしても、周囲が勝手に言っていることだとしても、琉に対する配慮が足りていなかったのではないだろうか。
その日、人間界は休日で奈良にも多くの観光客が来ていた。奈良の地方ニュースと言えば、いつも鹿の話題と決まっている。鹿のいる奈良公園の近くに猿沢の池がある。小さくて汚れた水の池だが、人出の多い場所だった。パトロールをしている藍が何かを見つけた。
「藍」
「あの男」
「どうした」
「悪行の手前だと思う」
藍が指差した男は、池の一点を見つめて立っている。近くを歩く観光客とは違う空気を持っていた。
「無差別殺人」
「えっ」
「胸のところでナイフを握ってる。止めなきゃ」
「どうやって」
天軍の兵士は地軍に対してだけ力を発揮する。地球上のあらゆる物体に対しては、何の影響もあたえることができない。天軍兵士も、その力も全ての物体を透過してしまう。だから、人間にとっては物理的にまったく影響を与えない無と同じだった。
男の背後に藍が立った。
男の右手が動き、異様な目が通行人に向けられた。次の瞬間、男が道路に倒れこんで、右手のナイフが音をたてて道を滑った。近くにいた通行人の女性が叫び声を出した。地面に転がったナイフが勝手に浮きあがり、宙を飛んで池の中に沈んで行った。
実際には、藍が男を投げ飛ばし、ナイフを拾って池に投げ込んだのだが、人間の目には見えていないので、男が一人で暴れているように見えた。濁った水面からはナイフを見ることができない。男は慌てて立ち上がり、その場から走って逃げた。
「藍。おまえ」
「やってしまった」
「なんで、あんなことが、できるんだ」
「わかんない」
「いつから、なんだ」
「多分、かなり、前から、だと思う。実際にやったのは、初めてだけど、できると思ってた」
「そうなんだ」
「あの人間、今日のことで、もう止めてくれると、いいのにね」
「ああ」
「私、名簿から消されてしまうのかな」
「違うだろ。議長は人間を殺したら、と言っていたんだ」
「でも、その内、殺してしまうかも」
「勘弁しろよ」
「琉に迷惑かけてしまいそう」
「馬鹿」
司令部でその日の報告すると、すぐに世界会議からの出頭命令がきた。出頭命令には琉の名前はなかったが、そんなことを気にする琉ではない。
藍と琉はJKの机の前に立っていた。
「藍」
「はい」
「先ず、ボリビアの件、ご苦労だった」
「はい」
「今日、人間を投げ飛ばしたそうだな」
「はい」
「いつからだ」
「今日から、だと思います」
「こうなるのではないかと、思っておった」
「藍は人間の悪行を止めただけで、殺してはいません」
「わかっとる。まだ、名前を消す、とは言っとらん。落ち付け、琉」
「はい」
「以前に、藍と同じように、人間に対して力を使える兵士がいた」
「ボリビアの」
「そうだ。結局、その兵士は、その後、人間を処刑した」
「はい」
「仕方なく、わしはその兵士の名前を消した」
「はい」
「このことは、ごく一部の者しか知らん。だが、藍には言っておく。この掟を曲げることはない」
「はい」
「天軍には、お前が必要だ。わかってくれ」
「はい」
「それだけだ。戻って、よし」
「はい」

気の遠くなるような、徒労とも思える任務が続いていた。
前回の世界会議で宿題になっていた駆逐範囲の変更に関する個人聴取の順番が藍と琉に回ってきた。駆逐する地軍兵士の基準を変えなくては、やっていけない状況になっている地域が増えたためだった。
「琉の意見は」
「さあ、よくわかりません。決められたら従います」
「そうか。藍は」
「私は、逆だと思ってます」
「逆」
「今よりも、もっと小さな地軍を駆逐しなければ、この状態はよくならないと思っています。特に子供たちについている地軍は小さくても駆逐するべきです。子供たちは地軍の囁きに影響を受けています」
「まあ、そうだが」
「地域ごとに差があってはいけないのですか」
「難しい、な」
「典さんの話を聞いて、天軍は違う方向に行ってるように思いました」
「わしが、何を言った」
「昔は、こうじゃなかった、という話です。昔は目が行き届いていて、小さな地軍も駆逐していましたよね。天軍が基準を変えたことで、人間が基準を変えてしまったんじゃないでしょうか。人間は、この程度なら許されるだろうと範囲を広げて、元に戻れなくなっているんじゃないかと思います。大人がそうなれば、子供も同じように基準を変えることになる。違いますか」
「いや。でもな」
「この前の世界会議で、現状は理解しているつもりです。私の意見が的外れだと思われることもわかります。でも、何かが違うという感じが消えません。典さんも、そう感じてるんでしょう」
「そりゃあ、そうだが、な」
「すみません。余計な事を言いました」
「ん。でも、わしらはどこかで間違った方向に進んだのかもしれん、という心配はある。ただ、もう、後戻りはできない場所にいるような気もする」
「琉と同じです。決まれば従います」
「そうか。お前の気持ちは、報告しとく」
「はい」
二人は司令部を後にして、通常パトロールに戻った。
「俺も、段々、お前のことが心配になってきた」
「私も」
「自分でも、か」
「うん。いつか、名簿から消される。そんなに遠くない。そんな気がする」
「そうか。俺に、何か、できることは」
「ありがとう。琉には心配ばかりかけて、悪いと思ってる」
「気にするな。お前のやりたいように、やれ。俺は、いつでも、お前の相棒だ」
「琉」
パトロール中に、世界会議から呼び出しがきた。
「今度は、アフリカ、だ」
「議長。もう、事態は変わってしまったんではないでしょうか」
「どういうことだ」
「私たち突然変異だと思ってますよね。ほんとに、そうなんでしょうか。もっと、ひどいことが起きる予感がするんです」
「そうか。そう思うか」
「はい」
「どう、すればいい」
「私が、どうして、こうなったのか。自分でわかってないんです。天軍の中には、他にも、いるのではないのでしょうか。気がついてないだけで」
「ん」
「全員、試してみても、無駄にはなりません」
「藍の力を見た中国司令部がやってみたそうだが、いなかった」
「そうですか」
「今日、自分のことを分析してくれ。ALにも同行してもらう」
「はい」
「先ず、お前のことを調べることが第一歩かもしれん」
「はい」
藍と琉、そして世界会議のALの三人はアフリカ東地区へ飛んだ。アフリカ東地区司令部のUT司令官が三人を案内した場所は、某国の宮殿のような場所だった。宮殿は内戦で荒れ果てた国内の様子とは別世界のような豊かさだった。
地軍兵士の大きさは桁外れの大きさだった。人間の三倍はあるだろう。
「あの男は」
「この国の大統領」
「何をしたんですか」
「虐殺だ。ゲリラ兵士を匿った容疑で一般人を百人以上殺した」
「自分の手で」
「そうだ」
十人以上の天軍に囲まれていても、その地軍兵士に動揺はないようだ。この地軍兵士にとって、天軍兵士はもう敵ではないのであろう。地軍には統一司令部のようなものは存在しない。その場その場で人間にくっついている。ボリビアや中国で出現した突然変異の兵士のことは知らないはずなのに、中国で見た地軍兵士と同じようなふてぶてしい表情をしている。
「始めます」
藍は地軍兵士を見ながら、エネルギーを溜めていった。今までの地軍兵士とは大きさが違う。藍の目が青く変わり、次第にその濃さを増していく。エネルギーを放った藍の体は後方に弾かれるような勢いで飛ばされていた。そして、地軍兵士の姿は消えていた。
「よかった」
琉が走り寄って来て、藍を支えた。
「大丈夫か」
「疲れた」
「ああ」
天軍の仲間も周りに寄ってきた。
「ALさん。先に戻ってください。俺たち、ゆっくり戻りますから」
「わかった。ゆっくりでいい。議長には言っておく」
二人はワープせずに、アフリカ大陸の上空を飛んで世界会議本部に向かった。上空から見てもアフリカ大陸には地上の色を変えるほどの地軍兵士がいる。
「琉。地球は変わる」
「ああ」
「もう、元には戻れないのかもしれない。人間は破滅に向かってる」
「ああ」
「天軍のせいなのかな」
「違う。いや、違うと思う」
「世界中の地軍が変異したら、天軍は何の役にもたたなくなる。私一人では駆逐できないと思う」
「ああ」
「時間があるのかどうか」
「ああ」
「それよりも、もっと悪い予感がしてる」
「どんな」
「わからない」
ゆっくり、五時間かけて大西洋上の世界会議本部に戻ってきた。先に戻っていたALと議長のJKが二人を待っていた。
「ご苦労だった」
「弾き飛ばされました」
「ALから聞いた。じゃが、駆逐できてよかった」
「はい」
「二人とも、日本には戻らなくていい。世界会議直属の部隊を作る。日本司令部の典から了解はもらっている。ALと一緒に新しい部隊を創ってもらいたい」
「あの」
天軍において、世界会議の命令は絶対の権力を持つ。名簿から名前を削除する権限を持っているということが、その究極の権限である。だが、藍は即座に返答ができなかった。それは、継続して見守っている虐待児童やいじめ被害に遭っている児童が大勢いる。それらの子供たちのことを考えると、二つ返事で「はい」とは言えない。
「わかっておる。典には子供たちのことを頼んでおいた。今は、無理にでも承知してもらう。このまま、地軍が変異を続けて全地軍が変わったら手の打ちようがなくなる。どれだけの時間が残っているのかもわからん。それに、お前が言ってる悪い予感。わしも、そう感じておる。多分、一刻を争わねばならん事態が来ているのだ。子供たちへの藍の気持ちは大切なことだが、今は承知してくれ」
「はい」
「ALの案を聞いてくれ」
「はい」
「今日、初めて現場を見たが、残念ながら何もわからなかった。でも、我々には第二第三の藍が必要になる。訓練でできるものではないとするなら、発見しなければならない。時間はかかるが、最初に全地区で藍の力を見てもらう。わかっている範囲で藍の話も聞かせたい。次に、まだ兵役に出ていない五年から十年の子供たちの中に第二の藍がいることを期待して、しばらく子供たちの訓練に入ってもらう。もちろん、その間に緊急出動があれば、対応しなければならない。更に、重要なことは、藍が自分の力をよく知ることだろう。それが、全天軍兵士の中から新しい藍を見つける力になる。当面は三人だけの部隊だが、いつか、天軍の主力部隊になるかもしれないと思っている」
「明日、緊急世界会議を招集した。全地域が緊急事態だと認識してもらわねばならん。ALを隊長とする特別部隊の任務も全員に知っておいてもらわねばならん。隊長はALじゃが、これは藍の部隊だ。琉の協力もいる。このまま、人類を滅亡させるわけにはいかん」
「はい」
「藍。体調はどうだ」
「もう、大丈夫です」
「なら、特別部隊は活動開始してくれ」
「わかりました」
天軍兵士に実質的な休み時間などない。特別隊になっても同じ。通常任務より過酷な任務を背負わなければならない。三人の特別隊はすぐにアフリカ西地区へ飛んだ。
その日から特別隊の全世界をくまなく回る任務が始まった。隊長のALが藍の武器を「青光剣」と呼んだ。毎日、ワープと青光剣の連続だった。藍の体力消耗は激しく、琉を心配させたが、藍は休むとは言わなかった。
全世界を回るのに一か月かかった。でも、第二の藍は見つからなかった。デモンストレーションのために何百回と青光剣を使い、青光剣の威力はますます強く、より速くなったが、第二の藍を見つけるという希望は実現できなかった。特別隊は、次の目標になる子供たちの兵舎に行くことになった。
天軍兵士は生まれて五年で成人になり、五年目からは学科と実技の訓練に入る。十年を経過すると各地に配属され兵役につく。訓練する実技は、ワープだけだったが、厳しいものだった。子供兵舎は北極圏の近くにある。藍と琉にとっても懐かしい場所だった。
当時の教官がほとんど残っていた。教官を四班に分けて青光剣の実際を見てもらい、子供たちの中に可能性がないかどうか意見を聞き、藍と琉も臨時教官になって子供たちと接することになっている。
藍と琉が子供時代に、一番厳しい教官だったAYが二人の所へ来た。
「先生」
「元気そうだな」
「はい」
「事情は聞いている。そこで、何か、ヒントはないのか」
「私にも、よくわからないんです」
「何か、思いつけ」
「はあ」
「何でもいい、お前の気持ちでもいい。この五年間、何を考え、何をしようとした」
「人間の子供たちを助けたいと思いました」
「それから」
「ひどい人間がいると、抹殺したくなりました」
「そうか。できるのか」
「わかりません」
「他には」
「将来が心配でした」
「将来」
「はい。人間は破滅に向かってるんじゃないかと」
「ん。いつ、気づいた。自分の力に」
「最近です。半年ほど、前」
「どんな、状況だったんだ。その時」
「児童虐待をしている男が来た時です」
「男。父親じゃないのか」
「多分、子供の母親の恋人」
「ああ。で」
「間にあわないと思って、男についてる地軍に意識を集中したように思います」
「消えてた」
「はい。消えました。琉は私の後にいたし、他には誰もいなかったんで、自分がやったんではないかと思いました。意識してやったのは、その次です」
「そうか。気がつかなかったか」
「はい」
「難題だな。これは」
「はい」
「まあ、いい。子供たちと接して、何か感じたら、俺に知らせろ」
「はい」
教官として、琉は適任者だった。琉のワープ力は天軍の中でも上位にある。藍は助手の仕事を喜んで引き受けた。子供たちも若い教官に興味を持ってくれた。
二か月経っても青光剣に関する進展は全くなかった。途方に暮れるという言葉が似合いすぎる。もう、手さぐりする方法も見つからない。子供たちとは仲良しになったが、友達を作りにきたわけではない。
「藍」
「うん」
「イライラするな」
「してない」
「藍らしくないぞ」
「ごめん」
琉の目はごまかせない。
「俺は、出会えるような気がしてるんだ」
「だれ」
「わからん。でも、そんな気がする」
「そう」
「誰のオーラかはわからないが、この兵舎にお前と同じオーラを感じるんだ」
「そうなんだ。私も注意してみる」

翌日、世界会議からの呼び出しがかかった。全く成果の出ない特別隊の動きに周囲もいらついているのかもしれない。隊長のALも渋い表情だった。ただ、本部の担当者の声が慌てていたから、どこかで新たな変異地軍が出た可能性もあるとALは言った。
「具体的なことは」
「ない。すぐに出頭せよ。それしか言わん」
琉が担当している訓練生を別の教官に預けて、三人は飛んだ。
案内された本部会議室には大勢の幹部が集まっていた。アフリカで会った東地区司令部のUTもいた。アフリカで何かが起きたのか。全員の視線が特別隊に向けられた。
「ご苦労。そこに座ってくれ」
議長のJKが厳しい表情で空いている椅子を示した。やはり、特別隊に対する問題なのか。三人は心配そうな顔で議長を見た。
大きなスクリーンには地形から見るとアフリカ東地区と思われる上空からの映像があり、映像はどんどん高度を下げていく。黒い雲のようなものが見えたが、更に近づくと、それは地軍兵士の大軍だった。
「どうして」
藍が声を出した。地軍は人間から離れては存続できない。せいぜい十メートルが限界のはずなのに、映像の地軍は空を浮遊している。
「変異地軍の大量発生と人間からの離脱が行われていると思われる。実は、東地区の天軍兵士が三十八名行方不明になっていることと関係があるのではないかと考えている」
「地軍に消されたということですか」
「その可能性が大きい。まだ、誰もその現場を見ていないが、連絡は全くない」
数の上で圧倒的に勝っている地軍が天軍兵士を消去する力を手にすれば、天軍と地軍の数千年にわたる戦いは終末を迎えることになり、天軍が駆逐されて、その存在は地球上から消え去ることになる。
「藍。この大軍を消すことができるか」
「わかりません。でも、この映像を見る限り、変異地軍は湧き続けていると思わなければなりません。何か別の対策が必要です」
「別の。どんな」
「発生源を消さなければ」
「人間を、か」
「はい」
「それは」
議長が絶句した。
「地軍がどんな武器を手に入れたのかわかりませんが、私が消された場合、変異地軍を消す方法はなくなります。それほど遠くない将来に、地球上は天軍に駆逐できない地軍で覆われることになるのではないでしょうか。いえ。全ての天軍が消滅してしまいます」
「全員、このまま待機していてくれ」
議長と四人の副議長が部屋を出て行った。
藍は立ち上がってアフリカ東地区司令部のUTのところへ行った。
「この映像は」
「監視部隊が四人張り付いている」
「監視部隊に危険はないのですか」
「わからんが、何かあれば離脱せよと言ってある」
敵の力量がわからずに戦うことの危険は計り知れない。通信機能を持っている天軍兵士も数は限られている。大切にしなければならない。
「見る限りでは、地軍にスピードはないように思いますが、ワープしたような形跡はありませんか」
「それは、確認できていない」
「どの位のスピードなんでしょう。監視部隊に地軍のスピードを計測するように伝えてくれませんか。最高スピードが知りたいです」
「そうだな。すぐに伝える」
「お願いします」
天軍兵士だって、生まれた時からワープできるわけではない。五年間厳しい訓練の結果に得られる唯一の武器なのだ。地軍兵士が同じだとは言い切れないが、せめてワープという武器だけでも持っていなければ対策は生まれてこないだろう。
藍の不安は自分自身にあった。青光剣の全てを把握できているわけではなく、弱点が何かもわかっていない。第二の藍が見つかっていない状況では、他の兵士に頼ることもできない。見通しのきかないままの戦いでは、どこに落とし穴があるかも見えない。それで、本当に戦えるのだろうか。
いつもは、すくにでも現場に行こうとする藍だったが、何かが気になる。琉の表情も不安そうに見えた。
「琉。どう思う」
「わかんない。なんか、いやな感じだ」
天軍に残された手段は、藍を投入することしかない。それは、わかっているが、藍の玉砕は天軍の玉砕になってしまう。自信が持てないと感じたのは、初めてだった。議長に人間の抹殺を進言したが、人間を抹殺する力が自分にあるのだろうか。
議長が部屋に戻ってきた。
「聞いてくれ」
会議室が緊張した。
「天軍の最終兵器は、藍しかおらん。藍を失えば、天軍は存続できなくなるという意見は間違っていない。従って、この事態を収拾するためには、人間の抹殺を許可するしかない。あくまでも、人間を抹殺することが目的ではない。現地で、藍がやむをえないと判断したら、世界会議はそれを認める。他に方法があるなら、何でもいい、発言してくれ」
発言者はなかった。
「藍。行ってくれ。ただし、必ず、帰ってこい」
「はい」
特別隊の三人はアフリカに飛んだ。
現地上空から見降ろしてみると、地軍の数はスクリーンで見るより多く感じる。初めて空を飛ぶ力を得た地軍兵士は、まるでお祭りのように喜んでいるように見えた。その大きさも様々で、何千なのか何万なのかとらえきれない。三人はしばらく上空に留まって地軍兵士の乱舞に魅入ってしまった。
「琉。行こう」
「ああ」
上空から急降下しながらエネルギーを溜め、群れの真ん中を切り裂くように青光剣を放った。一瞬にして空間ができ、二人はその空間を突っ切った。降下しながら、次々に青光剣を放つ。大地が見えてきた。そこから、二人は反転して上空に舞い上がった。
ALが待機している場所に戻った。
「どのぐらいの範囲が消えましたか」
「百メートル前後だろう」
「そうですか。そんなもんですか」
藍が青光剣で開けた空間は次第に地軍に埋められていく。
「どう、思いますか」
ALは視界に収まらないほどの群れを見た。
「無理だろうな。この数だ。藍の限界もわからない。先ず元を断つことだろう。その上で、時間をかければ駆逐できると思う」
「地上に降ります。議長に伝えておいてください」
「わかった。充分に注意しろ。危険だと思ったら退避だ」
「はい」
藍と琉は大きく回りこんで地上に向かった。発生源になっている場所を見つけるために地軍の少ない場所を進んだ。
「藍」
「うん」
「あそこだ」
琉が指さす方向に地上から黒い雲が舞い上がるように見える場所がある。以前に来たことのある大統領府に使用されている宮殿のようだ。
宮殿の外に巨大な穴が掘られていて、次々に人間がその穴に飛び込んで行く。武装した兵士が銃を乱射しながら、一般人と思われる人の群れを穴に追い込んでいるようだ。それは地獄絵図だった。銃を手にした二百人ほどの兵士から次々に地軍が発生し、空に登っていく。兵士は制服を着ているから正規軍の兵士なのだろう。
藍は一人の兵士の後ろに回り、兵士の腰にある銃剣を抜き、背中から心臓を突き刺した。銃剣はそのままにし、兵士を後ろから抱え自動小銃の引き金に指を置いた。追われている側ではなく、追っている兵士の一団に銃弾を叩きこんだ。兵士が倒れていく。味方の兵士の銃で殺された兵士は、すぐに銃弾を藍が抱えている兵士に向けてきた。全弾を撃ちつくした藍は、次の兵士の後ろに回った。味方同士の撃ち合いになり、その場は大混乱になったが、藍は根気よく兵士を殺し兵士の銃を同じ仲間に向けて撃ち続けた。
人間の目には天軍は見えないし、銃弾は天軍兵士の体を通過してしまう。その場から逃げだそうとする兵士を追い、藍は全員抹殺するつもりだった。湧き上がる地軍の姿がなくなってきた。百人ほどの部隊になった政府軍兵士は宮殿の中へ逃げ込んだ。だが、味方の銃で倒されていく兵士は累々と死体を晒していく。藍は、悪の巣窟になっている宮殿にいる人間を全員抹殺してもいいと考えていた。
その時、異変を感じた藍が立ち止った。周囲に大量の地軍兵士がいる。藍は青光剣を放った。後にいたはずの琉の姿が見えない。
「琉」
琉の返事がない。
藍は宮殿を出た。外は地軍であふれていた。
琉の姿がない。
一か所だけ、地軍兵士が群れて黒くなっている場所があり、天軍兵士の足が見えた。
「りゅうぅぅぅ」
藍は飛びながら青光剣を放ったが、消える地軍兵士の数が少ない。
青光剣が効かない?
藍は地軍の群れの中に飛び込んだが、地軍に跳ね飛ばされる。転回して、勢いをつけて地面すれすれを飛び、琉の足を掴んだ。そのまま、力づくで引っ張った。地軍の黒い雲からはぎ取った琉を抱きとり、瞬時にワープをかけた。
琉に動きはない。琉を抱いたままワープをして、琉が安全かどうかを考えるゆとりはなかった。一キロ上空までがワープの限界だった。
「りゅう」
琉の鼻孔や口の中に細かい地軍兵士がいるのが見える。
藍は力いっぱい琉の背中を叩いた。口の中から、鼻の中から地軍兵士がこぼれ落ちる。胸にひざ蹴りを入れると、琉がむせて口から大量の地軍兵士が吐き出された。
藍は両手で琉の背中を叩き続けた。
苦しそうな表情だったが、琉が目を開けた。藍は青光剣を放つ。琉の体内から出てきた地軍が消えた。
「りゅう」
「ああ」
「飛べるか」
「ああ」
藍は琉の体を支えて、さらに上空に移動した。
「琉。吐け」
ごみのように細かい地軍が出てきたが、最後は空咳になった。
「琉。わかるか」
「ああ」
天軍兵士のエネルギーは地球上の酸素を取り込み変換する。地軍はその酸素取り込みを阻害すべく口や鼻を塞いでいた。あと少し遅れていれば琉は消滅していたかもしれない。
「俺、どうなった」
「もう、大丈夫だよ」
「ああ」
「酸素、吸えてるよな」
「ああ」
「よかった」
藍は琉を支えて、現場を離れた。そこへALが来た。
「何があった」
「琉が消されるところでした」
藍は状況を説明した。
「アフリカ地区の兵は、それで消えたのか」
「そう思います。近づいてはいけません。防ぎようがない」
「わかった。監視部隊も、さらに遠くへ移動させる」
「琉が気を失っている間は、青光剣は効きませんでした」
「琉が」
「今まで、琉は必ず私の傍にいたから、気づきませんでした。琉がいないと青光剣は使えないようです」
「そうなのか」
「琉の体力が戻るまで、時間を下さい」
「わかった」
「何か方法はないでしょうか。琉を守る」
「議長に頼んでみる」
「百人以上の人間を殺したと伝えてください。でも、まだ全部ではありません」
「ん。ワープはまだ無理か」
「琉のダメージがまだわかっていません。危険です」
「そうだな。二人とも安全な場所にいてくれ。私は本部に戻る」
「はい」

藍は琉の様子を見ながら、ゆっくりと地球を北上し、イラン上空で休んだ。
「藍。まだ、体の中にいるか、あいつら」
「いや。いないと思う」
「俺、消えるとこ、だったのか」
「うん。たぶん」
「お前の邪魔した」
「違う。私が気付かなかったのが、原因だ。琉がいないと青光剣が使えない」
「そうみたいだな。変な気分だ」
「ずっと一緒にいたから、つい。ごめん」
「へっ。俺も初めて役にたった」
「ごめんなさい。私、琉を守る」
「ほんとに、わかんないことばっか、だな」
「ほんと」
「あいつら、まだあのままか」
「うん。でも、気にしないで。琉の体力が大事」
「ついに、人間を抹殺したな」
「うん」
「あんな方法、いつ、思いついたんだ」
「あの場で」
「人間は内輪もめだと思ってるだろうな」
「うん」
琉の様子はだいぶ落ち着いてきた。だが、藍の頭の中は、どうやって琉を守るかということでいっぱいだった。
「琉」
「ああ」
「前に、私の心が読めるって言ってたよね」
「ああ。全部じゃないけど。大体な。でも、あのやり方はわかんなかった」
「どの」
「人間の抹殺」
「そう」
「どうして」
「二人の体、紐で結んどいたら、どうだろう」
「それだと、お前、動きにくいだろう」
「うん。でも、何かしないと、琉も青光剣も消える。このままじゃ、天軍は消滅してしまう」
「ああ」
琉が目を閉じた。琉の肩に手をかけた藍は、酸素を取り込んでいる様子を確認して、その手を外した。体力の消耗がよほど激しかったのだろう。成人した天軍兵士は睡眠を必要としない。実際には体の各部が短時間づつ休みをとっているという話だが、本人には何の意識もない。眠りという記憶は、藍の中でも遠い記憶になっていた。
「琉。死ぬなよ」
藍は琉の寝顔を見ながらつぶやいた。
ALが本部から戻ってきた。目を閉じている琉を見て、驚きの表情で藍を見た。
「大丈夫」
藍は小声で答えて、少し琉から離れた。
「眠っています」
「そうか」
「本部は、どう言ってます」
「安全の確保が最優先。監視部隊はさらに距離をとって監視する」
「はい」
「琉の体力が戻ったら、子供兵舎へ行ってくれ」
「子供兵舎」
「まだ訓練年齢になっていない子供の中にバリヤを作る子供がいるらしい」
「バリヤを」
「その子供と一緒なら、琉を守れるかもしれない」
「そうですか」
「もう一度、議長の言葉を伝えておく」
「はい」
「安全確保を最優先にしろ、と言う言葉だった」
「はい」
三時間後に目を覚ました琉は昔の琉に戻っていた。二人は子供兵舎へワープした。

特別隊が待つ部屋へ教官が連れてきたのは、まだ成人になっていない二人の子供だった。緊張が顔に出ている。白い髪を後ろで束ねた男の子は、黒い髪を一つに結った女の子を自分の後ろに庇うように立ち、特別隊の三人に向かって挑戦的な視線を送っていた。
「281番と282番」
教官は二人を紹介して、男の子の頭を無理矢理下げさせた。281番と呼ばれた男の子は教官を睨みつけた。教官は今の状況がわかっているので、何とかしたいという気持ちだったのだろう。
「四人にしてもらえませんか」
藍は部屋から大人を排除した。
「琉。説明してあげて」
「やあ。二人とも俺たちのこと、知ってるよな」
無言の視線が戻ってくる。
「俺は琉。こいつは、藍」
やはり、無言。
「俺たち、窮地に立ってて、窮地、わかるか、滅茶苦茶、やばいってこと。だから、お前たちの助けが欲しくてここにいる」
「どう、やばいか。それはな」
琉はわかりやすい言葉で説明した。途中から子供たちが反応し始めた。
「もう少し、藍の来るのが遅かったら、俺はここにはいない。こいつは強いけど、俺はそんなに強くない。でも、俺がいないと、こいつは強くなれない。ややこしい話で悪いな。俺が敵の攻撃を受けなければ、藍は敵を倒すことができる。ここまでは、わかるか」
二人が頷いた。
「おまえ、バリヤ作るんだってな」
281番の男の子が頷いた。
「そん中に、俺も入れるか」
「うん」
やっと、声を出してくれた。
「今、ここで、できるか」
男の子は大きく頷いて、女の子の手を握り直し、左手で円描いて、頷いてみせた。
「もう、いいのか」
琉が手を前に出して近づいた。
「おっ」
藍も手を伸ばした。そこには、見えない壁があった。
「よし。外せ」
男の子が、また円を描いた。
「俺も、まぜてくれ」
女の子が琉に向かって手を出した。三人が手を繋いで並び、男の子が左手を回した。
藍がバリヤを確認する。
「叩いても、大丈夫なの」
男の子が頷いてくれた。藍は何度も叩いた。
「ぶつかっても、いい」
男の子の許可を貰って、バリヤに体ごとぶつけてみた。
「すごおい。酸素は大丈夫なの」
男の子が得意そうに頷いた。
「何時間ぐらい、できるのかな」
男の子は首を横に振った。それほど長い時間やった経験がないのかもしれない。
「もう、いいよ」
バリヤが外れた。
「おまえ、すげえな」
琉が驚きの声を出した。
「俺たちの仲間になってくれ、頼むよ」
「いいよ」
「やったあ」
琉も子供に戻ったようにはしゃいだ。
「藍。こいつらに名前つけようぜ。番号じゃ、かっこ悪いし」
「うん。何がいいかな」
藍も初めて兵士になって名前を貰った時は嬉しかった。
「この子は、髪が白いし、白(ハク)。この子は髪を結んでいるから、結(ユイ)」
「はく、と、ゆい。いいね」
「いいかな」
二人の子供は大きく頷いた。一気に大人になった気分だろう。
「特別隊は、五人だ」
琉も、白と結も笑顔だった。しかし、藍の頭の中は課題でいっぱいだった。余りにも二人は子供すぎる。五年の訓練期間を飛ばして兵役に入ることになる。地上のことも知らないし、ワープもできない。バリヤが何時間持続できるのかもわからない。
「おまえら、青光剣、知ってるか」
二人は知らないと首を振った。
「こうな、目が青くなって、バーン。すると、地軍が消える。すごいだろ」
「この子だって、目が赤くなるよ」
「えっ」
「怒ると、赤くなるんだ」
藍と琉が目を見合った。藍と同じようなオーラと言っていたのは、この子のことだろうか。言われてみれば、自分の小さい時に似ていなくもない。
「やってみて」
「駄目だよ。怒らないと、赤くならない」
「そう」
「琉。青光剣は後にしょう。先ず、バリヤだ。持続時間と強度。次はワープ。この子らを乗せてワープできるか。ワープした時に、この子らにダメージはないか。テストが必要だ」
「そうだな」
「私は、教官に会ってくる。ALにも知らせとかなきゃ。琉は、ここで、バリヤのテストを繰り返して確実なものにしておいて。時間はない」
「わかった」
藍は一人で、ALに会いに行った。
「あの二人、特別隊にもらいますけど、問題ありませんか」
「もう、議長にも確認した。教官もいいと言っている。バリヤ、使えるか」
「琉にテストを繰り返してやってもらってます。使えると大きな武器になります。先ずは、やってみなくてはいけないことを試してみます」
「俺にできることは」
「アフリカの状況を見ててください。そんなに時間はありませんよね。あのまま変異地軍が増えると、別の問題が出てくるかもしれません」
「承知。俺のことは助手だと思え。どんなことでもやる」
「ありがとうございます。日本でテストすること伝えておいてください。行く前に教官に会ってきます」
教官は訓練に出ずに、藍と琉を、白と結のことを待っていてくれた。
「どうだ。使えそうか」
「はい。今からテストします。あの子らはワープできませんよね」
「ああ」
「私が子供を抱いてワープして、あの子らにダメージありませんか」
「俺の直感でいいか」
「はい」
「いけると、思う」
「あの子らは、天軍にとって宝になります。壊したくない」
「時間、無いんだろう」
「はい」
「一週間あれば、少しだけでも自分で飛べるようにするけど」
「一週間は無理です。最大で二日です」
「だろ。藍が抱いて飛べ。一度に長い距離は飛ぶな」
「はい」
「藍はテストするんだろ。テストしながら、ワープも教えろ。お前と琉ならできる」
「はい」
見切り発車のようなことばかりが続く。緊急時だから仕方がないと言っても、琉を失いかけたことは事実だ。白も結も失うことはできない。自分のことだけに専念できていた頃が懐かしい。地球上の地軍兵士を一瞬で全て消し去ることができる力が欲しかった。

藍が結を胸に抱き、琉が白を抱き、小刻みにワープをしながら日本に向かった。藍が行こうとしている場所は嘘つき女子大生の部屋だった。変異地軍の危険度は小さな地軍の群れだと思っている。琉の鼻を塞ぎ、口を覆って酸素吸入を止めさせて琉を消し去ろうとした。白のバリヤが微小地軍を阻止できなければ、幼い二人をアフリカ上空に連れて行くことはできない。
久しぶりに訪れた日本は懐かしい臭いがした。日本で通常任務についていたのが遠い昔の出来事のように思える。予想通り女子大生の部屋は地軍であふれていた。女子大生は自分が嘘つきだという認識は持っていないのだろう。白、結、琉の順番で手を繋ぎ、白が左手でバリヤを作った。白が歩いて部屋に入る。藍はいつでも青光剣を放てる準備をした。逃げ惑っていた地軍兵士は、バリヤの中にいる三人の天軍が何もしないことを知って、怖々とバリヤに近づいてくる。白と結にとっては、初めて見る地軍兵士の姿なので、驚きの表情だった。普通の地軍は触れば消えてしまう存在だと教えてあるので恐怖心はないようにも見える。だが、バリヤの向こうにいる地軍の群れは決して気持ちのいい存在ではない。結の目には怖さも混じっているようだ。白がさらに奥に進む。三人が入ったバリヤは地軍の群れにすっぽりと入り込み、その周辺を地軍兵士が動き回っていた。時間が経ち、慣れてきた地軍はバリヤに触り始めた。見えない障害物があることを知った地軍兵士の中には大きく口を開けて噛みつこうとしている兵士もいる。離れた場所から勢いをつけて、体ごとぶつかってくる兵士もいたが、バリヤにはじき返されている。少し大きな地軍兵士が来たが、バリヤを突き破ることはできないようだ。ぶつかってはじき返さるのが楽しいようで、バリヤの周囲は遊園地になっていた。
三時間経過した。
藍は念のため地軍兵士が変異地軍ではないことを確かめるために、自分の手で近くにいる地軍に触れた。
「白。バリヤを外して」
白がバリヤを外し、琉が地軍を消す見本を見せた。白と結にとっては初めての地軍掃討行動になる。緊張しているはずだ。藍と琉が見守る中で、二人は任務を遂行した。
「二人とも、天軍の兵士だ」
琉が声をかけて、二人を抱きしめた。
「行こう」
子供兵舎へ向けて戻りながらワープの訓練をしたが、二人の背筋はワープができる状態にまで育っていないと思われる。五年を経て訓練に入るように決められていることは、それなりの理由があると納得しなければならない。琉が両手に二人を抱いてワープしようとしたが失敗した。当面は一人ずつ胸に抱いて藍と琉がワープする方法しかない。
ただ、このテストでは一つだけ不思議な体験をした。何度も結を抱いてワープしていたからなのか、結に対して特別の気持ちが生まれているのだ。それは、琉も同じらしい。初めて出会った時よりも、二人を守りたいという気持ちが強い。幼い二人を危険な場所に連れて行くことにも疑問を感じている。本当に、兵士の中にバリヤを作れる者がいないか、もう一度確認しておかなければならない。
「教官。ワープは無理でした」
「そうか」
「わかってたんですか」
「ん。でも、お前たちが選んだ二人だから、もしかして、と思った」
「危険じゃないですか」
「すまない」
「あの子ら、無理して壊れたらどうするんですか」
「すまない。だが、今は無理も必要だろう」
「それは、変です」
「藍も琉も、無理してないか」
「それと、これとは」
「今は、天軍の危機だ。だから、お前も無理をしてる。天軍が消滅しまってからでは遅いと思った」
「でも、あの子らが壊れたら、もっと危機になります」
「ん。すまない」
「教官のこと、頼りにしてるんです。次から教官に相談できないじゃないですか」
「悪かった。俺も、あせってたようだな。あのアフリカで消された兵士の中には俺の生徒だった兵士が何人もいたんだ。天軍兵士が消されるなんて、ありえないことだった。だけど、だからと言って、あの子らを危険にさらすことは、お前の言う通り、間違ってた。許してくれ」
教官がこれほど素直に謝るとは思いもしなかった。とても、これ以上教官を責める気持ちは持てない。誰もが焦っている。自分も。
天軍兵士は種の保存に関与していないので生殖能力を持っていない。だから、人間界にある恋愛感情の類はない。その分、同志愛、仲間意識、子弟愛のようなものが強くなる。他人より得をするという条件もない。衣食住は世界会議の議長から兵役に就いたばかりの兵士まで同じで、金銭という概念もないから、あくせくする兵士もいない。美食もなく、娯楽もない。もちろん、贅沢という概念は存在していない。日々、任務の遂行だけを百年一日のように続けている。人間から見れば変かもしれないが、そうなのだから仕方がない。それは、地球上で最強の存在だったことによるものだったが、これから先の天軍には変化が起きるのかもしれない。地球が変わり、人間が変わり、地軍も変わってきた。天軍だけが変わらない存在でいられる保証はどこにもない。藍の青光剣も白のバリヤも、過去の天軍には全く必要とされなかった能力だったが、若い兵士の藍と子供の白にその能力があったことは時代が変化する証なのかもしれない。
アフリカの変異地軍の様子を映し出している映像を見る限り、大きな変化はないように見える。だが、放置して、地軍がさらなる変化をした時に、天軍が対応できるかどうかは未知数である。今、対処せずに未来に禍根を残すようでは、人間と変わりがない。
ALを除く四人の特別隊はアフリカにむかった。
アフリカ上空で眼下に変異地軍の群れを見ながら、綿密な打ち合わせをやった。指揮官は藍だが、藍を含めて誰もそのことを不思議だと思ってない。チームワークの一瞬の遅れが致命傷になる可能性がある。何度も伝え、何度も復唱させた。
藍が先頭に立ち、三人が入った白のバリヤが続く。天軍特別隊はゆっくりと地軍の群れに近づいていった。前回、藍が人間を抹殺したために変異地軍の増加は無くなっているように見える。だから、地軍を駆逐した後で、最小限の人間抹殺作戦を実施する作戦だった。
変異地軍は天軍を恐れていない。最初は近づいてくる四人の天軍に注意を向けたが、次第にその興味は薄れ、飛びまわる。前回より地軍兵士のスピードが速くなっている。このまま地軍のスピードが上昇していけば、百年後か二百年後か不明だが、天軍と同じスピードに達する時が来るかもしれない。青光剣を使えない天軍の優位はスピードしかない。数の上で絶対優位に立っている地軍がスピードという武器を手に入れれば、天軍兵士は地球上から消滅する。この作戦が重要な意味を持っていることを、藍と琉はひしひしと感じていた。
近づく。立ち止まる地軍兵士が増え、天軍兵士と向き合うように集結し始めた。地軍は逃げずに戦う意欲を示している。今までの地軍兵士は、ひたすら逃げ回っていただけだった。
更に近づく。塊りになった地軍が前に出てきた。山のような地軍の群れが向かってくると、それだけで威圧感がある。藍は我慢した。白と結は我慢できるだろうか。バリヤの中にいる琉に任せるしかない。正面の敵はとまったが、両翼の地軍は動きをとめずに大きく天軍を包囲するつもりのようだ。指揮官がいるようには思えないが、組織された軍のような動きを示している。
初めて、藍が青光剣を放った。目の前の地軍が大量に消え、地軍の動きがとまった。
青光剣の一撃が戦いの火蓋を切った。
地軍はすぐに立ち直り、包囲網を絞ってくる。
藍はバリヤの周りを飛びながら、連続して青光剣を放つ。
青光剣が眼前の地軍を消しても、包囲網に穴は開かない。包囲網が四人の天軍に近づいてくる。藍は青光剣を撃ち続けた。だが、バリヤに到達する地軍が出るほど近くに迫ってきた。撃っても、撃っても限がない。大軍を前にして、一か所に留まって戦うことは大きな不利を背負うことになる。藍の体力も無限ではない。
戦場離脱の決断をしなければならない時がきた。
「琉。離脱」
「おう」
「いち、にい、さん、よん」
「よん」で藍が最大級の青光剣を放ち、「ごお」でバリヤを外してワープする作戦を立ててある。
藍は「ごお」と叫びながら、結に向かって飛んだ。青光剣を放つ余裕はない。結の口と鼻を自分の胸に埋めてワープをかけた。僅かだが琉に遅れた。ごく短い時間だが地軍と触れる時間があった。細かい地軍が体内に入ってきたことがわかった。しかも、地軍という障害物の中をワープする。その衝撃に結が叫び声を出した。地軍の群れを抜けてワープが通常に戻ったが、藍の体力が限界だった。
「あいっ」
琉の声が遠くでした。背中や胸に衝撃が走る。藍は大きく咽て、地軍を吐きだした。無意識に青光剣を放つ。
「吐け」
琉の切迫した声が届く。まだ、地軍を全て吐き出していない。だが、意識が途切れ途切れになる。自分に向けて青光剣を放つことはできない。このまま消えるのか。
「藍。吐け。負けるな」
結の目が赤く光り始めている。それを見つけた白が琉に知らせた。
「結。藍にむけて、撃て」
「早くしろ。消えてしまうぞ」
「撃てっ」
「こらっ」
藍の体が琉の両手の中で柔らかくなった。藍が気を失ったようだ。だが、酸素は取り込んでいるように見える。結の青光剣が藍の体内の地軍を消してくれたのかもしれない。琉は顔を近づけて藍の呼吸を確認した。
「大丈夫だ。気を失っただけだ」
白と結が肩の力を抜いた。
「結。お前のおかげだ。藍は助かる」
「えっ。お前、今、青光剣、使った、よな」
夢中だったが、結が初めて青光剣を使ったことに、琉が気づいた。
「やっぱ、結もできるんだ」
結の場合は青光剣ではなく、赤光剣と言うべきかもしれない。
「お前たちも疲れたろ。眠っていいぞ」
白は頷いて目を閉じた。バリヤを張り続けて、白も疲れていた。
結は藍の指を握ったまま、その場を離れようとしなかった。
藍は二時間眠り続けた。
藍は自分の指の温もりで目を覚ました。
「あい」
「ゆい」
目の前に結の頼りなげな目があった。
「藍。気が付いたか」
藍は琉の腕の中にいた。
「私、どうしたの」
「疲れたんだろ。お前の体の中の地軍は結が消してくれた」
「結が」
「結が青光剣を使った。結の場合は青光剣ではなく、赤光剣かもしれん」
「ここに、どのぐらい、いるの」
「二時間かな」
「白は」
「そこで、眠ってる」
「結は眠らなかったの」
「こいつは、お前の指を離さない。藍が目を覚ますまで心配だったんだろ」
「そう」
「ともかく、全員、無事だったんだ」
「うん。結。ありかとう。助けてくれて」
藍は起き上がり、結を自分の腕に抱きよせた。
「ありがとう。結」
結は寝息をたてていた。
「琉」
「ああ」
「私の作戦は失敗だった。どうしよう」
「失敗なんかじゃない」
「ううん。あの作戦では犠牲者が出る」
「もう少し早くワープすれば平気だよ」
「違う。作戦を変えなきゃ駄目だと思う」
「どうするんだ」
「それが、わからない」
藍は考えた。考えながら三人の仲間の顔を見た。
「琉」
「ああ」
「無理、言って、いい」
「なに」
「この子ら、返そう」
「バリヤは」
「バリヤなしで、戦う」
「・・・」
「時間かけて、駆逐する」
「その時間がない、と言ってたのは、お前だろうが」
「でも、仕方ない。青光剣を撃って、ワープする。それの繰り返しでいく」
「あれだけの数だぞ」
「三人を危険に晒したくない。琉と二人ならスピードで負けることはない。深追いしなければやれる」
「また、大量に発生してきたら」
「ずっと、続ける。だから、琉に無理言ってる」
「わかったよ」
「ごめん。琉になら死んでくれと言えるけど、この子らには言えない」
「ああ」
琉ならわかってくれる。藍はそう信じていた。何かが起きて、うまくいかないことがあるかもしれないが、細心の注意を持って任務を遂行しよう。振り出しに戻ってしまったが、やるしかない。白が目を覚ましたが、結が眠っているから待つように言った。
二時間後に結が目を覚ました。
「行こう」
「どこへ、いくの」
何か様子が変だと思ったのだろう。白が怪訝な表情で訊いた。
「二人は、子供兵舎で待機しててもらう」
「どうして」
「次の作戦は、そういう作戦だから」
「あたし、かえらない。あいといる」
結が固い表情で反対した。
「駄目。二人は待ってて」
「どうして、藍の命令をきかないんだ、お前たち」
「あいが、きえてしまう」
「は」
「そうなのか」
白が結の顔を覗きこんで訊いた。
「うん」
「じゃあ、おれもかえらない」
「白。何、言うんだ」
「おれたち、いなくなったら、あいがきえる。ゆいがそういってる」
「どういうことだ」
「こいつのよげんは、ぜったいに、はずれないから」
「はあ」
「力づくでも、連れて帰るよ」
「だめ。ほんと、だから。あいはいなくなっちゃう」
「行こう、琉」
無理矢理抱き上げた藍の腕の中で、結が暴れまくった。そんな状態ではワープなどできない。仕方なく結を放した。説得しなければならない。
「結。よくきいて。この部隊の隊長は私。だから、作戦は私が作る。結も特別隊の兵士だよね。だったら、私の命令に従わなければならない。でないと、結には特別隊から出て行ってもらうことになる。そんなの、いやだよね」
「わたし、あいと、いっしょに、たたかうから。かえさないで」
「命令には、従わないと言うの」
「いや」
こんなに聞き分けのない結は初めてだった。
「藍。無理みたいだぜ」
「馬鹿言わないで」
「でも、結の予言が当たっても困る。議長に何て報告すればいい」
「琉」
「もう一度、作戦を立て直せ」
「あたし、たたかう」
「結の力では、まだ無理よ」
「かえさないで」
結局、結の強情に負けて、結の赤光剣を試すことになった。ヒットアンドアウェイの方法は変えない。それを四人でやることになった。一撃を与えて、ワープ、また一撃を与えてワープする。離れた場所から青光剣を撃った場合、駆逐できる数が減ることになるが安全第一でするしかない。藍と結が手を繋ぎ、琉と白が手を繋ぐ。いつでもワープできる態勢で戦う。
「結。いち、にい、さん、で撃つ。やってみて」
「いち、にい、さんっ」

四人は戦場に戻った。
慎重に近づき、距離は遠かったが結の赤光剣を撃たせた。青光剣ほどの威力はないが、武器としては充分役にたった。赤光剣に続いて藍の青光剣を放ち、四人で後退した。
地軍の数を考えれば気の遠くなるような作戦だったが、安全は確保できる。一年でも十年でも、いや、百年かけてでも駆逐できればいいとしなければならない。後は、この変異地軍の大量発生が起きないことを祈ることだ。そう思って自分を納得させているが、何かが起きるような不安が藍の気持ちから抜けていない。この事態を早く終結させてしまわなかったことで、取り返しのつかない禍根を残してしまいそうな不安。その不安の正体がわからない分、藍の悩みは深かった。
一週間、同じ方法で地道に地軍の数を減らしてきた。見た目には成果が出ているようには思えないが、焦る気持ちを抑え続けた。
「結」
「はい」
「次から、ごお、でやってみよう」
「いち、にい、さん、しい、ごお」
「そう、ごお、で撃つ」
蓄積したエネルギーが大きくなった分、破壊力が増大した。
退避して、再び戦場に戻った時、突然地軍に包囲された。地軍も天軍の動きを観察しているのに、同じやり方を何百回と使えば問題が出ることを想定しておかなければならなかった。しかも、地軍のスピードが当初の何十倍にもなっている。藍と琉のスピードと比較すればまだまだ遅いが、白と結のスピードに負けないくらいのスピードになっていたのだ。
「退避」
藍は結を抱き、琉が白を抱いてワープした。
「藍」
「なに」
「増えてないか」
「私も、そう思う」
駆逐しても駆逐しても、地軍の数が減らないと感じていたが、実際には、一週間前より増えているように思っていた。
「一度、本部に戻ろう」
「そうだな」
藍は緊急会議を要請して、本部に向かった。
出迎えてくれたALが暗い顔をしている。状況は把握しているようだ。各地区の代表も会議室に揃っていた。
「残念ですが、掃討作戦は失敗だと思います。是非、皆さんに知恵を絞っていただきたいと思って、戻って来ました」
「ずっと、そのための会議をやっとる。じゃが、打開策はない」
議長の声にも元気がなかった。
「そうですか」
会議室にいる五十人ほどの出席者は今日まで天軍を導いてきた。だが、今は疲れ切った表情で座っているだけ。藍は、それも仕方のないことだと思った。事態は天軍指導部か対処できる範囲を超えている。
「わしの、個人的な考えを聞いてくれるか」
議長が力のない声で言った。
「お願いします」
「最初に言っておくが、この事態は藍のせいではない。お前はよくやった。ここにいる全員が特別隊の皆に感謝しとる。そのことは、わかってくれ」
「はい」
「じゃが。ごく、近い将来に、天軍の消滅は避けられんじゃろう。青光剣の力では、あの地軍の増殖に立ち向かえんことは認めざるをえん。先ず、地軍の増殖を止めることじゃが、人間を消すことができるのは、藍しかおらん。わしらには、なんもできん」
「そこで、じゃ。わしらが地軍の餌食になり、その隙をついて地軍を生み出しとる人間を、お前に消してもらう。わしには、それぐらいしかできん」
「議長」
「わかっとる。馬鹿げた方法じゃ。わかっとる」
「聞いてください。現場にいた私の意見ですが、多分、全軍を投入しても成功しないと思います。それは、集団自決にしかなりません」
「ん」
「戦場に戻ります。私たちには時間を稼ぐことしかできませんが、最後までやってみます。諦めるのは、いつでもいいでしょう。議長」
「ん」
「私に、全権をください。私の決定には全軍が従うという権限です」
「わかった。お前に、託す」
五人の特別隊員は特別隊の詰め所に集まった。
「私は、議長の許可を得て、全軍を指揮する立場になった。これからの作戦は、私の命令に従ってもらう」
藍は四人の顔を厳しい目で見た。
「作戦は、私と琉が青光剣とワープを駆使して、最大限の地軍駆逐を行うこととする。以上」
「いや」
「結。決まったことだ。私の命令は絶対なの」
「いや。あたしも、いく」
「駄目だ。許可しない」
「あたしは、へいし、じゃない。めいれいはとどかない。だから、いく」
「へっ。お前、言うじゃないか。ガキのくせに、なかなかのもんだ。藍。お前の負けだ。こいつらだって、子供兵舎で地軍に飲み込まれるより、戦った方が気分いいと思うよ。そうだな」
「うん。あたしも、あいといっしょに、たたかう」
「白はどうだ」
「おれも、いく」
「司令官どの。決まりだ」
「琉」
議長から全権を貰った意味がないではないか。死地に乗り込むのに、子供など連れていけるか。琉の馬鹿。何考えてるんだ。
「藍。お前の体の中の地軍を消したのは、結だぞ。大きな借りがある。違うか。結の我儘きいても、罰はあたらねぇ、と思うがな」
結と白が大きく頷いた。仕方がない。
「わかった。ただし、条件がある」
「現地では、私の命令には絶対服従してもらう。兵士でも子供でも。約束できるか」
「了解」
「りょうかい」
「おれも、りょうかい」
今度のことで、重荷を背負うことには慣れてきたが、天軍の運命も子供たちの運命も背負わなければなない。やはり、重い。

アフリカ上空に戻った四人は息を飲んだ。見渡す限り地軍の海だった。
藍は気持ちを切り替えた。戦士に徹して最善を尽くす。悩みや迷いは、戦士にとって致命傷になる。訓練期間に教官からよく叱られたことを思い出せ。
「やりかたは、一緒。ヒットアンドアウェイ。結が最初に赤光剣を撃つ。近づいてくる地軍を青光剣で倒す。すぐに退避。カウントは琉と白。以上」
攻撃地点を決めるのは藍の任務だった。藍は地軍の群れが突き出している場所を選んだ
「いち、にい、さん、しい、ごお」
琉と白が声を合わせてカウントする。ごお、で赤光剣が敵を倒し、その反動で近づいてくる地軍を藍の青光剣がなぎ倒す。
「退避」
次の攻撃地点を捜す。
特別隊の攻撃は続けられた。結と白はまだ子供だから、最低でも二時間は睡眠が必要になる。それ以外の時間は、攻撃を休まない。目の前の敵を倒す。
「藍。後だ」
藍は振り向きざまに青光剣を撃った。なぜ、回り込まれたのか。また、地軍のスピードは上がったのか。
「退避」
原因はわからなかったが、それからも何度か後ろに回り込まれた。
「次の攻撃をして、休む」
その日の最後の攻撃地点を決めて、四人が舞い降りた。
藍と結の正面にいる地軍が後退した。射程距離から逃れる動き。見つけられないが指揮官がいるとしか思えない動きだ。天軍に一瞬の躊躇が生じた。その瞬間にワープしていれば間に合ったのかもしれない。前後左右、そして上下も地軍に囲まれた。
一人でワープする時は、多少の障害物は乗り越えられるが、子供を抱いてのワープは危険が大きい。
「琉。カウント」
「結。天井に向けて撃つぞ」
地軍が包囲網を絞ってくる。
「いち」
「にい」
「さん」
「しい」
「ごおぉぉ」
結の赤光剣と同時に、藍が青光剣を放った。
銀色の光が周囲を染めた。
「たい・・」
藍は退避と叫ぶ言葉を飲み込んだ。何が起きたのか。
周囲を埋め尽くしていた雲霞のごとき地軍兵士が消えていた。周囲だけではない。見渡せる範囲に地軍兵士の姿がない。
「なんだ、これ」
琉の声は裏返っていた。
四人の天軍兵士は呆然としたままだった。
本部にいるはずのALが現れた。ワープしてきたらしい。
「消えてる」
「ALさん」
「本部の映像で地軍が消えた。映像が途切れたのか、どうか、確認しに来た」
「他は」
「どこにも、いない」
「地上は」
「それは、まだ確認してない」
地軍が消えたことの分析より、変異地軍の発生がどうなったかを確認し、阻止しなければならない。
五人は地上に飛んだ。



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