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海の果て 第3部の 2 [海の果て]




 九時に水島が迎えに来た。家政婦の面接をして欲しいから、時間を早めてくれという電話を貰っていた。近所に住む寡婦で、まだ幼い子供がいたが、人柄はいいという。事故で死んだ水島の友人の奥さんだった。
「事故って、交通事故」
「いえ」
「そう」
水島は、事故の話はしたくないようだった。
向日町の家の前で、まだ二十代と思われる女性が、三歳ぐらいの女の子をつれて、待っていた。水島が鍵を開けて、全員が部屋に入った。
「窓を開けていいですか」
水島が家中の窓を開けていった。しばらく使われていなかったので臭いが籠っていた。
「福村愛さんです」
昨日は畳も積んだままだったが、水島が畳を敷いておいてくれたようだ。何もない部屋の畳の上に座って面接が始まった。
「福村さんの希望を聞きます」
浩平は子供から目を外して、福村愛に聞いた。
「この子がいますから、連れてきたいんです」
「いいですよ。他には」
「食事の用意はどうしたらいいですか」
「多分、生活は不規則になると思いますから、自分でやろうと思ってます」
「そうですか。私がしては、いけませんか」
「ん」
「すみません。掃除だけだと、すぐに終わってしまいます」
「そうですね。では、お願いしましょう」
時給だと水島が言っていた。小遣い稼ぎで働くのではないのだろう。
「どんなものが、お好きですか」
「僕は、何でも食べます。できれば、レンジで温められるものがいいです」
「いつまで、ですか」
「そうですね。僕にもまだわかりませんが、福村さんにも生活設計がありますよね。長期出張はありますけど、当分、ここを家にしたいと思ってます。この程度しかお約束できませんが」
「はい。一年は大丈夫でしょうか」
「もちろんです」
「よろしく、お願いします」
「では、僕の希望と心配を言いますよ」
「はい」
「福村さんは、まだ若い。独身者の世話をすることで、将来不利にならないか、心配です。もちろん、僕は家事以外の要求はしませんが、世間は勝手に憶測します」
「そんなの、平気です。私、この子と生きていくには、どうしても仕事が欲しいんです」
「わかりました。それと、僕は勤め人ではありません。はっきり言って、職業不詳です。僕のことを詮索したり、他所でしゃべらないで欲しい。何も知らない、と言ってください」
「はい」
「もう一つ。お互い無理をしない。言いたいことは言いましょう。でないと、長くは続きません」
「はい」
「では、契約完了ですね」
「お願いします」
「今日から、働けますか。荷物を入れるまでに、掃除をしないと」
「はい」
「買い物が終わったら、僕もします。たぶん、水島さんも手伝ってくれます。そうですよね、水島さん」
「あっ、はい」
「福村さん。車の運転はできますか」
「はい」
「車は」
「いえ」
「そうですか。今日、買い物用の車も買ってきます。それを使ってください」
忙しい一日だったが、買い物も掃除も終わった。福村愛の愛娘、彩とも仲良しになった。福村は真剣だったが、問題は水島だった。すぐに手を抜こうとしているのが、よくわかる。水島が福原の機嫌を取ろうとしている裏に何かを感じる。これでは、この男は使えない。
「水島さんは、今回の件、聞いてますか」
「何か、基金を作る仕事だと」
福村親子を送っていった水島とビールを飲みながら、小さな打ち合わせをした。
「児童養護施設を援助する基金を作る仕事だけど、多分、初めてのことだと思う。今までの施設とは違う施設にするために、いろいろ難しいこともあると思う。君たちの家長も全面協力をしてくれる」
「どんな施設にするんです」
「今の施設がどんなものかは、知ってる」
「はい。僕、施設で育ちました」
「ああ。家長は知ってる」
「はい。家長に面接してもらいましたから」
「いつ」
「一年前です」
「それまでは、何を」
「いろいろ、です。碌な事はしてませんでした」
「白石不動産には、どうして」
「施設の先生の紹介です」
「一年経って、どう」
「まだ、全然駄目です」
「いくつ」
「二十五です」
「若いな。何でもできる」
「はあ」
仕事も小手先なら、話も小手先でこなしてしまう。
「片山さんも、施設で」
「いや。僕は違う。ただ、何人も友達がいる」
「京都に、ですか」
「東京」
「碌な生き方してなかった、でしょう」
「どういう意味」
「別に」
「水島さん。仕事やる気ある」
「やってますよ」
「僕のアシスタントをするように言われたんだろ」
「そうですよ」
「仕事、嘗めてないか」
「いいえ」
「本気でやってる」
「はい」
水島は平然と答えた。
「そうか。明日から、ここには来なくていいよ」
「はあ」
「君は使えない」
「わかりました」
お前に使ってもらえなくても別に構わない、と言う意味だろう。
「君が紹介してくれた、福村さんにも仕事をしてもらうつもりはない。君から話しておいてくれるな」
「どうして。オーケーしたじゃないですか」
水島が気色ばんだ。
「福村さんに、責任はない。紹介者の君が信頼できないからだよ」
「そんなの、納得できません」
「納得できない」
「ええ」
「それは、甘ったれのセリフだ。お前の納得のために、誰かが何かをしてくれるんじゃない。お前が誰かを納得させるんだよ。私が納得できませんなどというセリフは、拗ねた負け犬が言うことだ。そんな奴は、足手まといになるだけだから、要らない、と言ってる。福村さんのこともそうだ。お前個人の思惑で紹介したんだろう。お前は恩を売りたかった。福村さんには気の毒だけど、仕方ない」
「・・・」
「うまくやったと、思ったのか」
「・・・」
「どうした。福村さんは、二度と口を聞いてくれないだろう。彼女にとっては、この仕事は願ってもない仕事だ。親子の未来に少しだけ光が見えたところだろう。それを、お前はぶち壊しにするんだ。いい顔してくれるとでも思ってるのか。ちょいちょいと小手先でやってしまう。うまくいかないと、僕納得できないと開き直る。世の中、それほど甘くはない。お前は、闇に沈んでろ」
浩平の変化に、水島の体が固まった。
「水島よ、つまらん仕事だから手を抜く奴は、大事な仕事でも手を抜くんだ。恩を売って女を自分のものにする奴は、女を不幸にするだけなんだ。お前の腹の底にあるのは、どうせ俺なんかという負け犬根性なんだ。どうして、本気でぶつからない。怖いのか。負けて、負けて、自分の傷を舐めるのが、お前の趣味か。福村愛が好きなんだろう。なぜ、正直にぶつからない。正面からぶつからなくては、チャンスを見逃す。一生、負け犬のままだ。そんな仲間は要らない。地べたを這って、誇りを取り戻せ。それが、男の生き方じゃないのか」
水島にとって、福原の存在は想像よりも大きなもののようだ。
「今日は、もう帰れ。本気になる気があるなら、明日、朝の九時にここに来い。福村さんも、九時に来てもらう。お前が来れない時は、福村さんに契約解除を言い渡す。違約金は払うから心配するな。お前に仕事させて、そのけつを拭くことに比べれば、違約金など安いもんだ」
浩平は福村愛に電話で、朝九時に来るように言って、タクシーを呼んで帰った。
社会に出て、辛い思いばかりしてきたのだろう。世の中を斜めに見て、拗ねていると、それが自分だと思ってしまう。どこかで大きく舵を切らなければ、一生拗ねたままになってしまう。好きな女がいるのなら、その情熱は大きな力になる。女にも正面からぶつかれないのであれば、救いようがない。今が水島の正念場だった。
翌朝、タクシーで向日町に八時半に行った。水島の車は昨日と同じ場所に停められたままだった。帰らなかったのだろう。
水島は台所を磨いていた。
「おはようございます」
「帰らなかったのか」
「はい」
「で、どうするんだ」
「アシスタントを続けさせてください。お願いします」
水島は深々と頭を下げた。
「福村さんにも、ぶつかれるか」
「はい」
「事情があっても、正面からぶつかってみろ」
「はい」
「どんなことにも、手を抜くな。すぐに首だ。そんな男が、女を幸せにはしてやれない」
「はい」
九時になって、福村親子がやってきた。
「おはようございます」
「おはよう。それは」
「雑巾、作って来ました」
「いやあ。悪いな」
福村愛は自分にできることを精一杯やろうとしている。
「福村さん。一つお願いがあるんです」
「はい」
「この水島が、あんたにどうしても聞いてもらいたいことがあるんだと。我慢して聞いてやってくれないだろうか」
「水島君が」
「聞いてやってくれますか」
「はあ」
「水島」
浩平は彩を受け取って、自分の膝の上に座らせた。何もない場所で、向き合うのは、かなり気恥ずかしいものがある。それでも、水島は覚悟を決めていたようだった。
「愛さん。俺、あんたのことが好きなんです。彩ちゃんも。兄貴には悪いんですけど、二人のことは俺が守りたい。お願いします」
水島は畳に両手をついて頭を下げた。福村愛は、突然の愛の告白に呆然としていた。
「水島君。頭を上げて」
「水島」
水島が頭を上げた。
「びっくりすること、言わないで。私、そんな」
「断らないでください。すぐでなくてもいいんです。いつかでいいんです」
「福村さん」
「はい」
「僕は二人の間にある事情は知りません。でも、水島君が福村さんの事を大事に思っていることは、僕にもわかります。ただ、この男は、本気で、正面からぶつかることを避けて、斜に構えて逃げることしかできなかった。仕事でも恋でも、中途半端な男だったと思います。情けないとしか言いようがない。今回、僕たちは児童養護施設の子供たちを援護するための子供基金を作る仕事をやろうとしています。この仕事が成功すれば、施設の歴史を変えるようなものになるはずです。でも、それだけ厳しい仕事になりますから、本気で取り組まなければ成功しません。チームの中に一人でも中途半端な人間がいれば、成功は難しいと思っています。ところが、僕のアシスタントに指名された男が、その中途半端な人間を代表するような男だったら、僕はその男を切らなければなりません。しかも、この男は、福村さんにこの仕事を紹介することで、あなたに恩を売り、そこに付け込んであなたを自分のものにしたいという下心を持っていました。卑劣極まる男だと思います。好きな女に自分の気持を告げることができずに、遠くから見守るのならわかる。策を弄して、なんとかしようとする根性は最低だと思う」
「・・・」
「だから、そんな水島君の紹介する人も信用できないと言いました。あなたは、この仕事に本気で取り組もうとしてますよね。それなのに、この男のせいで、この仕事が駄目になるかもしれないのです。僕は、福村さんとの契約を破棄すると言いました。この男の覚悟一つだったんです。一晩考えて、水島は覚悟を決めました。あなたたちのことが大事だったから、正面からぶつかることにしたんです。突然の告白でびっくりしたかもしれないけど、こいつの気持ちもわかってやってもらえませんか。もちろん、男と女の間の事は理屈では割り切れません。最終的に断る権利はあなたにあります」
「私、急に言われても」
「当然です。すぐに、とは言いません。二人で話し合う時間を持つことにしてもらえませんか」
「はあ」
「水島君。女子供を守るということが、どういうことなのかわかるか」
「・・・」
「安定した収入を稼ぐことだ。そのためには、仕事で必要とされる人間になること。つまり、本気で仕事と向き合うことだ。手を抜いたり、逃げたりすれば、すぐにわかる。その時は、容赦なく首にする。白石不動産でも必要な人間とは認めないだろう。そうなったら、どうやってこの二人を守るんだ」
「はい」
「今日は、もう帰って、寝ろ」
「はい」
「タクシーで帰れよ。昨日、寝てないんだろう」
「はい」
水島はふらふらと立ち上がって、出て行った。
「福村さん」
「はい」
「すみません。あなたには、迷惑かけました。契約解除なんてしません。水島君とは、まだ一日しか仕事をしてませんが、中途半端なんです。あなたに対する恋心を、結果的に利用するようなことになってしまいました。謝ります。でも、水島君のあなたへの気持ちは本当だと思います。できれば、恋愛対象の一人としてみてやってくれませんか」
「私、水島君は弟のように思ってました。だから、あんなこと、言いだすなんて」
「この仕事をやり遂げれば、水島君も大人になります。不動産の仕事でも必要とされる人材になれます。そうなれば、頼りがいのある男になると思うんです」
「はい」
「僕は出かけます」
「はい。いってらっしゃいませ」
白石ビル御池の準備委員会事務局は会議机を入れただけで走りだしていた。弁護士、会計士、司法書士の事務所から五人が召集され、銀行からの出向者も二人来ている。新規採用の広告も出していて、総勢で二十人ほどの事務局になる。準備委員会の間は、白石亜紀が陣頭指揮を取ると言ってくれた。
「水島君は」
「昨日、徹夜で仕事してもらったので、寝るように言いました」
「使えますか」
「なんとか」
「そうですか」
亜紀は心配そうな顔をした。
「相馬園長が連絡してくれていますので、今日、のぞみ園に行ってきます」
「お一人」
「いえ。園長にも同行してもらいます」
「お願いします」
見事なリーダーシップだった。二十一歳の女子とは思えない。まだ高校生だったこの子の才能を白石はどうやって見つけたんだろう。こうなることがわかっていて、結婚すると言っていたのだ。
相馬園長をレンタカーに乗せて、宇治へ向かった。
「片山さん」
「はい」
「どんな危ないことをしてるのかは聞かないけど、どうしてなの」
「成り行き、では駄目ですよね」
「ええ」
「閉塞感でしょうか」
「閉塞感」
「はい。相馬さんは自分族という言葉、知ってますか」
「どこかで、聞いたわね」
「亜紀さんでしょう」
「そう。昔、そんなこと言ってたわね」
「自分さえよければ、の人たちです。僕もそうなんです。僕の父は道場をやってましたので、子供の頃から武道家になるのが夢でした。でも、武道家にはなれないとわかった時、それに代わるものが欲しかったんです。修業していた二十五年間、僕なりに必死でした。僕から武道を取ると、何もなかったんです。その時、そこにあったのが犯罪でした。そこには、生きているという実感がありました。安易な選択です。自分族ですから」
「その自分族が、どうして、子供基金なの」
「白石さんです」
「求さん」
「はい。白石さんと、僕が世話になった旅館の女将さんが、僕とは正反対の誰か族だったんです。誰か族というのは、誰かのために、という意味です。自分族に行き詰って、誰か族に救いを求めている、どこまでも自分勝手な自分族なんだと思います」
「それも、閉塞感」
「はい」
「その、誰か族になりたいの」
「いえ。僕には無理です。ワルの道に踏み込んでしまうと、戻れないんです。自分が犯した罪は、自分が一番知ってるわけですから」
「じゃあ、なに」
「たぶん、自己満足なんだと思います。自分は悪くないと、自分を納得させたいんだと思います。そんなこと、無理だとわかってますけど、弱い人間ですから」
「困った人ね」
「ええ。自分でも、そう思っています」
「今度のことで、あなたに危険はないの」
「いつかは、そんな日が来るのでしょうね」
「それでも、やるのは、なぜ」
「わかりません」
「ほんとに、困った人ね」
「この基金を軌道に乗せてしまえば、基金が独り歩きしてくれるだろうという、甘い考えが前提になっています。いつでも、既成事実は強いものです」
「求さんが生きていたら、何と言ったでしょうね」
「わかりません。僕も聞いてみたい」
「いつか、その犯罪というのを、教えてもらえるのかしら」
「んんん。僕が死んだ時ですかね」
「それでは、遅いわね」
「すみません」
「ともかく、あなたの言うように、既成事実を作りましょう。まだ、私、あなたと犯罪が結びつかないの」
のぞみ園は相馬保育園よりは立派な建物だった。子供たちの数も多い。
「中野です」
のぞみ園の園長は五十代の頑固そうな大男だった。頭髪は丸刈りで、目つきが鋭い。刑事か極道に見える。
「こちらが、この前お話した片山さんです」
「どうぞ、座ってください」
園長が自分でポットからお湯を注ぎお茶を出してくれた。
「若い方なんですね」
「・・・」
「お話は相馬さんから聞きましたが、まだ、よくわかりません。お話をきかせてください」
浩平は二千億の話を抜いて、概要を話した。
「素晴らしい話ですが、基金ですよね。そこがわからない。寄付金をいくら集める予定なんですか」
「そうですね。多くて一千万だと思います」
「でしょうね。一千万では基金にはならないでしょう。それに、全国規模にするんですよね」
「片山さんは、多額の寄付金をしてくれる秘密のルートをお持ちなんです」
「秘密のルートとは、怖いですね。どんな紐付きなんです」
「紐は付いてません」
「いくらです」
「二千億です」
「二千億」
「はい」
「二千億なら、基金になりますが。でも、出来すぎでしょう」
「確かに、そうです。それでも、数か月後には基金は動きだします。その時、その基金がのぞみ園に援助したいと言ってきたら、先生はどうされますか」
「んんん」
「出来すぎだから、と断りますか」
「それは」
「資金の出所を確認して、納得できてから、と」
「いえ。断りません。いや、断れません」
「ただ、この基金は、施設の運営を楽にするための基金ではありません。子供たちに生き抜く力をつけてもらうためのものです。ばらまくことが、目的ではありません。こちらで提示した目的にしか使えないお金です」
「紐付き」
「ええ。そう言う意味では紐付きです。その紐を、中野さんに作ってもらいたいのです」
「紐を作る」
「ええ。子供の目線から見て、自慢のできる園とは、どういうものですか。卒園していった子供たちは、今、どんな生活をしています。苦界に沈んでいる子供が何人いますか。十八の子供が、施設というハンデを背負って、生きていけると思いますか。施設の子は医者にはなれませんか。国が方針を変えてくれるまで待つんですか。施設が自分を変えずに、何かが変わると、本気で思っている訳じゃないですよね。民間から変えましょうよ。それが新しい基準になるような施設を作りませんか」
「本物なんですね」
「そうです。本物の児童養護施設を作るんです。人口は減少しますが、施設に収容される子供は、ある時期から急増すると思っています。日本が病んでるからです。子供たちには生きていくスキルが必要だと思いませんか」
「おっしゃる通りです。私は何度も陳情してきました」
「それで、何かが変わりましたか」
「いいえ。何も変わりません」
「単発の寄付金に頼ることが、いかに厳しいことかは、中野さんが一番知ってますよね。だから、基金なんです」
「失礼をお詫びします」
「とんでもありません。あやしい話と思うのが当然ですよ」
「やらせてください。ぜひ」
「お願いできますか。相馬先生からは、あなた以外にはいないと言われました」
「ありがとうございます」
「先生にお願いしたいのは、子供たちが堂々と社会に出ていけるシステムの構築と、各施設に示す雛型、そして、施設の選定とディスクローズと監査のマニュアルです。先ほども言いましたが、これは施設の運営を助ける基金ではありません。施設の運営が厳しいことは知っていますが、それは、児童養護施設だけではありません。子供基金から受け取った金を施設側の使いたいように使えば、本来の目的は霧散してしまいます。だから、ディスクローズを要求しますし、監査もします。子供のための基金なんです。支給の打ち切りもあります。そういう意味からも施設の選定は重要になります」
「片山さんは、どうして、新しいシステムを作りたいと思ったんですか。施設の卒園者ではありませんよね。どうしてですか」
「卒園者を大勢、知っているからです。彼らは、社会からはじかれているだけではありません。誇りをなくしています。なぜなんです。全部、大人の責任でしょう。フェアじゃありません。子供たちに、しっかりしろ、と言う前に、大人がやらなければならないことが、山ほどあると思うんです」
「その通りです。国の都合や、役所の都合でやられたんでは、たまったもんじゃない。子供たちは誰も、生身の人間なんです。さっき、片山さんは、子供たちが自慢できる施設と言いましたよね。そうでなくてはいけないと、私も思っています。施設は子供たちの踏み台です。でも、時々、帰ってきてほしい。幸せを一杯持って、誇りを持って、実家に帰る時の子供のように」
「先生にお願いに来て、よかった。余談かも知れませんが、児童養護施設という呼び方を変えられませんか。施設であってはいけません」
「考えます」
準備委員会事務局の場所と浩平の電話番号をメモに書いて、のぞみ園を後にした。
「ありがとうございました。いい方を紹介してもらいました。この基金には、うってつけの人です」
「よかった」
「まだ、問題は次々と出てくるでしょうが、中野さんなら乗り越えてくれそうです。あの先生、頑固者でしょう」
「ええ。超頑固かな」
「先生は、ご自分が幸せ者だと思いますか」
「はあ」
「生意気なこと、言いましたか」
「そうね、忙しくて、考えたことないけど、不幸ではないと思っているわ」
「先生のような生き方ができれば、僕にも、まともな人生があったのかな、と思うんですよ。今更、手遅れってこと、多いんですね」
「求さんが、あなたに一目ぼれしたのが、わかり始めました。あなた、素敵よ」
「とんでもありません。でも、白石さんの眼力は認めます。亜紀さんの才能を、白石さんは見抜いてました。僕は、あの方に会うのは今度で三回目になりますが、三度とも別人です。美人だけど、変わった人だと思っていましたが、とんでもない大物だと思うようになりました」
「その通りね。最初にあの子に会った時、私もあの存在感に圧倒されたのよ。でも、今の亜紀さんの大きさは想像できなかった。親子ほどの歳の差なのに、それを感じない。怪物なのかもしれないわね」
「それです。亜紀さんは怪物だ」
「あなたと、亜紀さんの間に、何があったの」
「何もありませんよ」
「そうかしら」
工藤殺害の件は、相馬園長にも話していないようだ。考えてみれば、当然のことだろう。どんなに親しい人にも言えないことだ。自分で墓場に持って行くしか選択肢はない。




十日ほど経って、向日町の家にも生活環境ができた。食べ物にはうるさくない浩平だったので料理に期待などなかったが、福村愛の料理はおいしかった。
「旦那さん」
福村愛が食卓の向こうで、肩をすぼめていた。
「福村さん。何度言ったらわかるんです」
「でも」
「その、旦那さんという言い方、止めてください。今度から、罰金取りますよ。一回に千円。一日に、五回言えば、あなたはただ働きになります。十回言えば、借金を抱えますよ。それでもいいですか」
「いえ」
「だったら、止めてください。いいですね」
「はい」
「で」
「あのお」
「用事があったんですよね」
「はい。実は、前借りをお願いできないかと」
「何に使います」
「生活費です。もう、電気を止められます」
「そうですか。いくら、です」
「できれば、十万円」
「わかりました。生活費以外に使ったら、取り立てますよ。僕の取り立ては厳しいですが、いいですか」
「はい」
「返済は、月に一万。給料から引きます」
「ありがとうございます」
福村は何度も何度も頭を下げた。
水島には事務局に常駐するように言ってある。水島は、自分の仕事を下働きと決めたようだった。どんな仕事でもした。水島の覚悟が見える。
応接間の工事は終わっていないが、机や書庫、事務機器もほぼ揃ってきた。パーテーションで区切られた会議室も更衣室もある。
「水島君」
「はい」
会議室で昼食を二人で食べながら、浩平は福村愛のことを水島に聞いた。
「福村さんは、どんな生活をしてる」
「えっ」
「生活は苦しいのか」
「はい。母親一人ですが、最近、パートを首になったと聞いてますので、苦しいと思います」
「電気、止められるぐらいか」
「えっ。それは知りません。そう言ってました」
「前借りしたいと言われた」
「そうですか」
「水島君は、貸してるのか」
「少しだけ」
「あんなことがあったから、言いにくかったんだろう。でも、そっとしといてやれ」
「はい」
浩平の携帯が振動した。相馬由紀からだった。
「はい。片山です」
「相馬です。片山さん、今日はそこにおられますか」
「ええ。どうしました」
「ご相談したいことがあるの。お邪魔していいですか」
「僕が行きますよ。ここでは、あまり役に立ってませんから」
「そうなんですか」
「先生の都合のいい時間は、何時ですか」
「いつでも」
「わかりました。一時間ほどしたら、ここを出ます」
「お願いします」
特定公益法人の申請書類は、ほぼできあがっていて、事務局にも少し余裕が出てきた。工事で言えば突貫工事だった。
白石亜紀が事務所に入ってきて、緊張感が走った。だれひとり、亜紀が年少女子だとは思っていない。決して高圧的な態度ではないのに、亜紀が出す本気オーラの中では、誰も手を抜くことなどできなかった。情報を共有する定例会議が始まる。全員参加である。
「新聞広告を出そうと思いますが、どうでしょうか」
冒頭に亜紀が発言した。
「考えているのは、一ページ広告です」
静かな会議室が、さらに静かになった。
「私たちの基金を知ってもらうことと、大勢の方からの寄付金を募るものにしたいと思っています。そのためには、ホームページの充実と、問い合わせに対応できる体制作りが必要になります。正規の職員募集とは別にアルバイトのオペレーターの方を募集しなければなりません」
反対する人間も、意見を言う人間もいない。結局、一人で決断しなければならないという重圧を、亜紀は何度も乗り越えている。
「水島さん。あなたにやってもらいたいと思っています」
「えっ」
「片山さん。よろしいでしょうか」
「もちろんです」
「水島さん。やってくれますね」
水島が、浩平の顔色をうかがった。浩平は、やれ、と目で返事をした。
「はい」
報告事項が出され、意見交換がされる。最終的には亜紀の一言で方向が決まる。事務局が開設されてから、同じやり方が続いていた。
会議は終わり、亜紀と水島の二人が会議室に残って打ち合わせを始めたのを見て、浩平は相馬保育園に向かった。
「何かありましたか」
「ええ。中野先生が、この仕事を降りたいと」
「どうしたんでしょう」
「自信がない、と言うんです」
「あんなに、やる気だったのに」
「わかるような気もします。この仕事が軌道に乗れば、今までの福祉に対する考え方が変わってしまいます。歴史を変えようとしている、とおっしゃいました。現場にいる人間としては、知りすぎているだけに恐怖もあります。自分で良かれと思っても、逆の結果が予想できてしまうんです。いろいろな結果も含めて、自分だけでは背負いきれない。中野先生は、そう思っているんだと感じました」
「そうですか。少し、無理があったかもしれませんね。中野先生はベストでなければならないと強く思っているのでしょう。そんな必要ないんですが、僕の言い方がわるかったのかもしれません。もう一度、話をしてみます。やめます、と言われて、はいそうですかとは言えません」
「お願いします。私のせいで、すみません」
「とんでもありません。中野さんにお会いして、先生の直感が正しいと僕も思ってます。中野さんにやってもらうしかありません」
浩平は宇治に車を走らせた。
園長室に入るなり、中野が机に両手をついた。
「申し訳ありません。本当に済まないと思っています」
「先生」
「最初はチャンス到来、と思いました。でも、考えれば考えるほど、重かった。とても、私の手には負えない。いつも、子供たちには、言ってるだけじゃなく実行しろ、と言っているのに情けない」
「先生は、完璧なものを作ろうとしてませんか」
「えっ」
「そんなもの、僕は無いと思っています。ところで、千葉の方に光園という施設があるのを知っていますか」
「はい」
「光園の園長先生は、どんな方ですか」
「大先輩です。もう七十を越えておられると思いますが、しっかりとした考えを持っておられる先生です。僕と違って、あまりしゃべりませんが」
「そうですか。西の方に、施設の現状に危機感を持っておられる先生はいませんか」
「西の方というと」
「関西以西です」
「熊本に、ここと同じ名前で、のぞみ園という施設があります。そこの高見先生は立派な方です」
「三人でチームを組んでいただけませんか。もちろん、千葉と熊本へは、僕が行って説得にあたります」
「チームですか」
「僕が、先生おひとりに、責任を被せようとしたことが、そもそもの間違いなんです。これは、大仕事です。合議制の委員になっていただけませんか」
「はあ」
「こんな仕事、俺の知ったことじゃない、と言われるんでしたら、諦めますが、そんなことは言いませんよね」
「それは、もう」
「お二人の承諾が取れたら、また伺います。その時は必ず、先生も承知してください」
「まあ」
「中野先生。責任の重さを感じていただいたことに感謝してます。それだけ、先生がいい加減な仕事はしたくないと思っておられる証拠です。そんな方に立案していただきたいのです。ベストである必要はありません。そのシステムに血が通っていればいいんです。何度でも修正すれば済むことですから。役人は作文が上手です。でも、そんな人に作ってもらいたくない。子供の目線を知っているのは、現場の先生たちです。ぜひ、お願いします」
「あなたと話していると、自分にもできるような気がするんですが、一人になると、不安の方が大きくなるんです」
「ですから、チームを作るんです。もう一度、お伺いしますから」
「はい」
浩平は、熊本と千葉の住所が載っている資料をもらって帰路についた。相馬先生に報告をして、事務局にも連絡した。そして、その足で熊本に向かった。
「こんな時間に突然お邪魔しまして、申し訳ありません」
「いえいえ。京都の相馬先生から連絡いただいてます」
「そうでしたか。よろしくお願いします」
「片山さん、食事は」
「電車の中で済ませました」
「そうですか。では、お話を聞きましょう」
「ありがとうございます」
浩平は子供基金の内容を話した。そして、宇治での出来事も話した。
「なるほど。中野先生、断りましたか」
「僕の説明が悪かったんです」
「中野先生は、一途だから、わからなくもない。それでも、子供たちのことを、誰よりも真剣に考えている人です。相馬先生が推薦したようですが、間違っていません。あなた方の基金には最適な先生だと思います」
「よかった。中野先生お一人に押しつけてしまった僕の責任です。そこで、高見先生にもご協力いただきたいと思って来ました。こんなお願いの仕方、失礼だとは思いましたが、ありのままをお話する方がいいと思いました。ご協力いただけませんか」
「もちろん、協力しますよ。あなたの真摯な態度も立派です。それよりも、何かが変わる可能性があることなら、いつでも、どんなことでも協力します。私は、現場のことで精一杯だから、前向きな事は出来ないんだと自分に言い聞かせて、結局、何もしていないんです。どこの先生も現状でいいなどと思っていません。こんなチャンスに協力しなかったら、自分にも言い訳できなくなってしまいます。よく、声をかけてくださったと感謝してます」
「ありがとうございます」
「でも、思い切ったことを考えましたね。厚労省はなんと言いますかね」
「何も言わないでしょう。せせら笑うぐらいです」
高見は高笑いをした。
「成功させたいですね」
「はい」
浩平は市内のホテルに泊まり、翌朝の成田便を予約した。
千葉の光園は、古い住宅街の中にある古い施設だった。浩平が訪問した施設は、雨露が凌げればいい、という施設ばかりだった。目の前のニーズに応えるのが精一杯です、と言っているようにもみえる。路上で飢え死にすることがなければ、それでいいのか。千葉の光園は特に古い施設に見えた。直人や志保が送金する気持ちも、もっともだと思った。
「相馬先生から聞いとる」
浩平は基金の話をし、中野先生と高見先生のことを話した。中野が言っていたが、光園の剣埼園長は無口だった。
「ん。わかった」
剣埼からは、賛成も反対も意見もきくことはなかった。わかった、と言っただけ。浩平が最初から最後まで、一人でしゃべっていた。
「よろしく、お願いします」
浩平は狭い園長室のドアのところで頭を下げた。一末の不安があった。
「片山君」
椅子から立ち上がった剣埼が、浩平を呼び止めた。
「はい」
「ありがとう」
剣埼は深々と頭を下げた。浩平は剣埼に負けないぐらいに頭を下げた。七十を超えていると思われる年長者に頭を下げられてしまうと、身の置き場に困る。
光園を出てから、剣埼は浩平の名前を知っていたのかもしれないと思った。ありがとうと言ったのは、基金の件ではなく、直人や志保のことだったのかもしれない。
浩平は阿南と直人に電話をして、藤沢に向かった。居場所が変わった時には、二人に連絡を入れているし、向日町の住所も知らせてあった。
藤沢の家には懐かしさを感じた。夏ではないので庭の畑は寂しかったが、阿南が手入れをしているのはわかる。玄関の前で、チャイムを鳴らすべきかどうかと迷ったが、チャイムを押した。今は阿南の家なのだと思った。
「片山さん」
直人がドアを開けた。
「どうして、チャイムなんです」
「変か」
「変ですよ」
部屋にはコーヒーの香りが満ちていた。
「阿南さん」
二人は、自然と握手をした。古い戦友に会った懐かしさだった。
「ここは、いいな」
兵隊だった筒井が作った部屋は、戦士の休息のために作ったものなのだろう。
「片山さん。少し変わりましたね」
「そうですか」
「牙が見えない」
「うまく隠せる年齢になったのかな。阿南さんだって、百姓になってますよ」
阿南と直人の近況を聞いた。直人は、落ち着いた成人男子だった。
「今日は、千葉の光園に行って来た」
「えっ」
「剣埼先生と、話をしてきた」
浩平は京都でやっている子供基金の事を話した。
「昔、直人が世直しと言ってたことを思い出した。成功すれば、少しは世直しになるかもしれん。金の使い道に困ったからという理由は誰にも言ってないがな」
「全部、出したんですか」
「まだだけど、そのつもりだ。僕に、金はいらない」
「いいですね。自分も仲間にしてくださいよ。あんな大金、持ってるだけで肩がこる」
「僕も、困ってました」
「いくらでも、寄付金、受け付けるよ」
「片山さん。あんたと話すると、いつも目の前が明るくなる。生きてみようかなと思う」
「直人。剣埼先生は僕の名前知ってるのかな」
「僕は言ってませんが。志保は言ったかも」
「ありがとう、と言われたが、どうも今度のことで言われたんじゃないと思った」
「まずかった、ですか」
「いや。あの先生なら大丈夫だろう」
「よかった」
「この分だと、片山さんは、しばらく京都だな」
「そうですね。この件が軌道に乗るまでは」
浩平は一時間ほどで、藤沢を後にした。直人が東京駅まで送ってきた。
「連絡は下さいよ」
「ん。わかってる」
浩平は新幹線で京都まで戻り、相馬保育園の駐車場から宇治の中野を訪ねた。
「お二人は、協力してくれるそうです。高見先生も、この仕事には中野先生が最適な方だとおっしゃってました。改めて、お願いしたいのですが」
「熊本と千葉に行ってこられた」
「はい」
「やります。なんか、ぐずぐず言ったようで申し訳ない」
「とんでもありません。僕が無理言ってしまったからです。検討会には僕も参加させていただきます」
「わかりました」
「ありがとうございます」
子供基金の根幹は、新しく作ろうとしている、このシステムにかかっている。失敗する訳にはいかない。合議制になった方がよかったのだろう。
浩平は相馬保育園に取って返した。
「夜分に、すみません」
「どうでした」
「はい。皆さん、引き受けていただけました。先生のお口添え、助かりました」
「よかった」
「中野先生お一人に押し付けるより、この方がよかったと思っています」
「忙しかったでしょう」
「大丈夫です。まだ、若者のつもりですから」
「この基金、成功するような気がしてきました」
「若干、疑ってました」
「ほんの少し、ね」
「亜紀さんが、大車輪でやってくれてます。絶対に成功しますよ」
「そう」
「亜紀さんの昔の話、聞かせてください。あれは、二十一歳の女子にできることじゃありません。世の中は広いな、と思います」
「そうね」
相馬園長は、亜紀との出会いや白石の事を話してくれた。
「優ちゃんが生まれてから、新しい亜紀さんも生まれたのかもしれない。求さんのこと、よく乗り切ってくれたと感心してます」
「僕も、そう思います」
その日は、久し振りに家でゆっくりと寝た。
翌日、久し振りに亜紀に時間を取ってもらった。
「大変だったでしょう」
「えっ」
「熊本と千葉、行ったんでしょう」
「大丈夫ですよ。まだまだ、僕だって若いんです」
亜紀は、返事をせずに笑っていた。年寄りだと思ってる。ここで、反発すれば本物の年寄りになりそうなのでやめた。
「中野先生にも、承諾してもらいました」
「責任重大ですものね。中野先生は、そのことがわかってたんですね。どんなシステムを作るかで、なにもかも変わってしまいます。合議制にできて、よかったかもしれません。私も、その会議には参加させてください」
三人の園長会議に出席依頼することも、用件の一つだったが、亜紀が片づけてくれた。
「採用の件なんですが」
「はい」
「面接してますよね」
「ええ」
「会議の結果で変わるかもしれませんが、監査要員が必要になると思います」
「監査、ですか」
「会計監査と運営監査です。どこの施設も運営は厳しいものがあります。手元に金があれば、そちらに使いたくなるでしょう。自分を納得させるだけで、どうにでも使える金にしてしまっては、前に進みません。そして、そうなる確率は、かなり高いと思っています」
「わかります」
「この子供基金を、子供たちのものにするには、厳しくても、やらざるをえない措置だと思います。性善説は通用しないと思ってます。将来を考えると、全国行脚をしてくれる監査要員の方の採用が必要になります。すぐにではありませんが、人員計画には反映しておきたい」
「何人ほど必要と考えられますか」
「将来的には、五十名」
「五十ですか。人員計画と言われた意味がわかりました」
「子供基金の主要部門は監査部門になると思っています。ですから、人材の確保が大変になります。それでも、これだけはしなければなりません。どんな人でも、不正には手を染めます。僕はそんな人を大勢見てきました。ここの運営を最終的に誰がやるのか。あなたでも僕でもない。ということは、ここの監査も信頼できる監査法人にお願いしなければなりません。人が集まり、金が動く場所では、不正が行われると思っています。人間がやることですから仕方ありません」
「片山さんは、ここの運営には係わらないということですか」
「係わらないのではなく、係われません。この仕事は真っ白な人がしなければならない。でないと、多くの子供に迷惑をかけます」
「そうでしたね」
「あなたも、係わる必要はありません。白石の仕事を放り出してやってくれていますが、いつまでも、そんな無理はお願いできない。それも考えていただけませんか。あなたの後任人事を」
「ええ。わかってはいるんですが。なかなか」
「和久井さんでは、いけないんですか」
「和久井さん」
「あなたの片腕ですからね、無理ですよね」
「いえ。そういう意味ではなく、年齢的なことです」
「理事長に年齢制限など、ありませんが」
「ええ。まあ」
「でも、和久井さんが承知しませんね。僕にも右腕の若者がいますが、僕から離れようとはしません。和久井さんを見ていると、彼女もそうなのかもしれない」
「一度、考えてみます」
「ご相談は、もう一つ。児童養護施設という言葉に代わるものありませんか」
「代わり、ですか」
「言葉はそれ自体が力を持っています。養護施設ではいけないと思っているんです」
「そうですね」
「申し訳ない。また、山ほど注文つけてしまいました」
「ほんとに、片山さんは」
「すみません」
「いえ。私が甘すぎるだけです。こんなチャンス、逃がしませんよ。そうです。白石なら、同じことを考えます。片山さんが、参った、という仕事をしてやろう、って」
「もう、充分、参ってますけど」
「嘘はいけません。私、怒りますよ」
浩平は両手を上に挙げて、降参の態度を示した。
「僕は、あなたと仕事をしていると、楽しい。今まで、仕事は苦痛でした」
「うれしいです。励みになります」
「じゃあ」
「片山さん」
「はい」
「優が会いたがってます。一度行ってやってください」
「嬉しいことを言うんですね」
「ほんとですよ。あの子には傷を負っている動物の気持ちがわかるらしいんです。片山さんの話をすると、悲しそうな顔するんです。私のことも、大事にしてくれます。母親に向かって悲しそうな眼差しを向けるんですよ。今でも、私、毎日、白石のこと想います。そうすると、優が私の髪を撫ぜてくれるんです。悲しそうな眼で。私、頑張るしかないんです。あの子のおかげで、毎日が過ぎていきます」
「行かせてもらいます」




年が明けて、三人の園長による第一回の検討会議が開かれた。浩平と亜紀、そして和久井と水島が参加した。水島は書記係と決められている。
三人の園長はそれぞれの案を作ってくれた。中野に押し付ければいいとは思っていないようだ。
全員の紹介が終わった後に、浩平が発議した。
「和久井さんに、議長をお願いしても、いいでしょうか」
全員の拍手をもらって、和久井が議長を引き受けた。緊張はしているが、怯えはないようだった。亜紀は後任の話をしたのだろうか。
「では、私、和久井美緒が議長を務めます。この会議は全員一致を原則とします。いちいち大変ですが挙手でお願いします。よろしいでしょうか」
全員が挙手した。
「次に会議日程ですが、検討内容が沢山ありますので、会議時間も日数も決めませんが、よろしいでしょうか。ただし、皆さんお仕事がありますので、携帯には対応していただいて結構です」
各園長の資料は事前に配布されていたし、討議内容も知らされている。基金の理念に関する項目から会議は本格的に始まった。
議長の指示で、自由に発言してもらうことになった。意見に大きな差はないのに、これだという結論が出ない。
「先日、片山さんから、新しい名称はないかと言われました」
一度も発言せずに、じっと聞いていた亜紀が初めて発言した。
「学舎という言い方はどうでしょうか」
亜紀がホワイトボードに「学舎」と書いた。
「皆さんの原案では、現在の施設の中にどうやって実現させるかということに、とても苦労されているように思いました。部外者で、勝手なことを言って、すみません。新しい施設を作ってしまってはいけませんか。たとえば、中野先生ののぞみ園の場合、ここに中野学舎という新しい設備を作ります」
亜紀はボードに絵を描いて説明した。
「この基金ができれば、卒園の年齢制限が変わります。子供たちの人数は確実に増えます。現状の施設に何らかの変更が必要なんですから、ここに施設を作ってしまってはどうでしょうか」
「そんな選択肢もあるんですか」
中野が驚きの声を出した。
「いえ、そう言う意味ではなくて、新しい施設が必要だとしたら、どんなことが考えられるかと言うことを検討しても、いいのではないかと思うんです。たとえば、どこからか建物を寄付していただくことができないか、寄付が無理なら格安で手に入れる方法はないのか。京都と熊本と千葉。地域による差もあると思います。でも、新しい学舎を作ることで、運営面でも解決できることがあると思います」
「片山君」
千葉の剣埼が初めて発言した。
「はい」
「予算を教えてくれんか」
「わかりません。今から募金をしますから。ただ、現状で見えている金額は、年で百億だと思っています。ですから、一つの施設に十億必要だとすれば、参加できる施設は全国で百が限度になります。二億で済めば、五百の施設をカバーできます。目標は全施設ですが、すぐに実現できるとは思っていません。先ず、システムを作って、必要な予算を出して、募金を増やしていく。時間がかかっても仕方ないと思います」
「そうか。わしは、お譲さんの意見に賛成する。わしらは頭が固いな」
剣埼は、二人の園長の顔を見た。
「うちにコンピュータソフト開発の会社があるんですが、そこの独身寮は以前銀行の寮でした。銀行の再編の時に不要になった物件を安く買いました。どこにでも、同じような物件があるとはかぎりませんので、参考にならないかもしれませんが」
亜紀の提案で、議事は一気に進んだ。
「僕の希望も聞いてください」
「どうぞ」
議長の和久井が認めた。
「全ての子供を、と思わなくてもいいのではないかと思っています。一般家庭の子供でも、全員が完璧な教育を受けている訳ではありません。僕は大学に行きましたが、二年で中退しました。大学は二流校でした。大学を卒業するだけでは、将来に何の希望もないと感じました。卒業するだけで資格とみなされるのは、国立校だけだと思います。技術を身につける専門校には、それなりの価値があるのかもしれませんが、何の役にも立たない専門校もあると思います。結局は、子供の意識の問題なのだと思います。大学院への進学、医学部への挑戦もあっていいと思います。ただし、大学進学にさいしては、既存の奨学金取得は必須だと思います。施設の子でも、自分の力をつけるチャンスがあるのだということが重要だと思います。自分がなんの努力もしないのに、施設のせいにしている子供も大勢います。施設の子供だから厚遇すると言うのは、行き過ぎだと思います。それよりも、卒園者が帰ってくる場所を提供してやる必要があるのではないかと思います。ニートになってもらっては困りますが、再出発の気力を養う場所であってくれれば、子どもたちも頑張れる。僕の考え、甘いでしょうか」
「そうなると、ごく一部の子供だけになりませんか」
「最初は、そうなるのかもしれません。ただ単に年齢制限を撤廃するだけで、子供たちが社会の荒波を乗り切れるとは思えません。定着すれば、大勢の子供が挑戦するようになると信じています」
「片山さん。具体的な話で、あなたの考えがよくわかります。私たちは、どの子も可愛い。ついつい親バカになってしまいます。子供たちが帰ってくる場所を用意できる。これは、素晴らしいことだと思います」
「もう一つ、厳しいことを言わせてもらいます。この基金に関する会計監査と運営検査は実施します。不合格になれば、基金の打ち切りもありえますし、返還請求もします」
「監査」
「残念ですが、性善説は採用しません。現状の運営には性善説が不可欠ですが、この基金を軌道に乗せるためには、監査が必要だと考えています」
「あんた、厳しいね」
「すみません」
しかし、剣埼の顔は怒った顔ではなかった。
「ま、いい。金を出すのは、あんたたちだ。どんな条件でも、協力する価値はある」
「そうですね。剣埼先生のおっしゃる通りです」
「先に進めよう」
「ありがとうございます」
会議は三日間続いた。厳しい会議だったが、三人の園長は最後まで協力してくれた。なんとか運営規約ができそうな目処がついた。
特定公益法人の申請は、いろいろな圧力をかけて、二月には認可が下りることになった。申請書の内容は、いかようにでも解釈できるような文面になっている。その点では、役人にも負けない作文になっていた。臨時のオペレーターが採用されていて、事務所の中には人があふれていたが、新聞広告が出されて、さらに忙しい事務局になった。白石亜紀は精力的に寄付金集めに走り回っている。和久井美緒が理事長就任を承諾してくれて、財団法人子供基金は動き始めた。
二か月で寄付金は一千万円になった。浩平も資金移動をした。架空名義の口座からの振り込みだから、後追いは難しいと思う。直人と阿南だけではなく、志保も保田も、菅原まで送金してくれたので、子供基金の資産は五千億円になった。資産の運用は五社に分散して、平均金利は3パーセントを越えた。利率が低いのは元金保全を優先した結果だった。
千葉の光園が学舎を見つけたという連絡をしてきた。京都と熊本では、学舎が決まり改造に取り掛かっている。銀行からの借入は、子供基金が保証人になることで最低の金利で実行してもらっている。初期投資の不動産は全国一律とはいかないので、白石不動産の力を借りて、不動産の地域係数を算出してもらっていた。浩平は子供基金の事務長になった水島と白石不動産の村野という専門家をつれて、千葉の物件を見に行くことになった。ただし、物件を見るだけの仕事ではない。自分の足で独自の調査をする。不適当と判断すれば、施設側に再調査をするように勧める。施設側が応じない場合は、学舎申請自体を断ることになる。不動産売買には、多くの要素が絡み合う。たとえば、身内の物件を高値で買い取らせようとする場合もあるし、問題のある物件を掴んでいる可能性もある。不正は徹底的に排除する。子供基金は厳しいところだと言う噂が広がることを期待していた。発足当初が最もインパクトが大きいから、手を抜くことはしない。
千葉の物件は、以前は内科医院だったところで、開業医としては規模の大きな医院だったと思われる。数年前に廃業して買い手がついていない。近くに総合病院が新設されているので、医院としての価値は下がっているのかもしれない。霊安室があることを気にする人もいるかもしれないが、剣埼は平気だった。価格は妥当だったが、再度交渉をするために、剣埼を伴って、管理委託をされている不動産会社に出向いた。交渉は村野の仕事だった。改造の仕事をお願いするという条件で、当初の価格より下げることができた。物件の販売は委託を受けているものだから、自分の腹は痛まない。改造の仕事が新たな利益を生み出してくれるわけだから、物件の値段が下がることになる。四人はその足で、光園の取引銀行に向かった。都銀なので、子供基金のことは知っていた。改造費用が確定してからの借り入れになるが、金利はこちらから指定した。支店長は渋々だったが、引き受けてくれた。
千葉駅で食事をし、一仕事終わったということで、ビールも飲んだ。
「片山君。わしは、あんたに感謝しとる。厳しいことばかり言う男だと思っとったが、頼りになる基金になってくれそうな気がしてきた。わしも、この歳だから、いつまでもできるわけではない。最後にいい仕事をさせてもらえた、と思うとる。ありがとう」
「とんでもありません。まだまだ、働いてもらいますよ」
「お前は、年寄りを泣かせる男だな」
「子供たちに、大きな夢を見てもらいましょうよ」
「そうだな」
今年卒園する子供たちは、もう受験の機会を逃しているので、希望者には一年間の猶予期間を認めていた。一年間は夢を見ることができる。
「説明会をするそうだな」
「はい。来月予定してます」
「徹底的に厳しいことを、言うてやれ」
「そのつもりです」
全国の児童養護施設だけでなく、認可されていない施設へも案内状を出した。初年度は百施設を予定している。競争率は六倍になる。
その説明会が始まった。出席通知をもらった施設を六日に分けて説明会を行う。それでも、一日の参加施設は百施設になる。京都駅前の会場に人が溢れた。議事運営は水島が担当し、説明は理事長の和久井が行う。浩平と亜紀も会場の後ろの席に座り、参加者のような形で傍聴する。
説明会の開始が告げられ、会場が静かになるのを待って、和久井が発言した。
「本日は、お忙しい中、この説明会に参加していただきましたことを感謝します。さて、冒頭ではありますが、厳しいことを言わせていただきますことをお許しください」
和久井は会場に緊張感がみなぎるまで待った。
「皆さんは、毎日、施設の運営にご苦労されていることと思います。特に運営資金のことでは、ご苦労の連続だろうと推測しております。そのことを承知の上で申し上げます。この子供基金はその苦しい運営資金を助けるものではありません。そればかりか、現在の運営資金を圧迫することになると考えてください。お送りした資料は読んでいただいているものと思いますが、抜き打ちで会計監査も運営の検査も行います。その結果で基金の停止、基金の返還請求も行います。この事業をやるためには銀行借り入れも発生しますので、借金だけが残る可能性もあります。つまり、濡れ手に粟と言うことにはなりません。皆さんも大きなリスクを抱えることになります。このことは、規約にも書いてありますが、念のために申し上げておきます」
参加者の何割かの人は、運営資金の一部になればと思って来ている。苦しい運営を強いられている人にとっては、当然のことと言える。施設の運営をしている者は、いつでも、藁でも掴む。しかし、少し様子が違うことに気がつき始めているようだった。
「もっと、簡単に申し上げれば、現在の施設運営に、この基金を流用することは禁止されているということです。子供基金は、国の機関ではありませんので法律はありません。法律に代わりうる内容の契約書を交わすことで、法律に代えます。契約書の内容は、皆さん方が圧倒的に不利になる内容になっています。民事裁判では、子供基金側が必ず勝つことになります。そうです、訴訟もします。私たちの目的は、規約の理念の項にありますように、子供たちの選択肢を増やすことです。実は、それしかできないんです。子供基金に無限の資金があれば、なんでもできますが、限りある資金なので、限りある用途にしか使用できない、と言うのが現状なんです。どうか、ご理解ください」
和久井の話し方は、ゆっくりと自信に満ちたものだった。和久井も水島も、見事に脱皮したようだ。たとえ若くても、理事長の風格はある。
規約の説明、質疑応答があって説明会が終了した。出席者は基金申請用紙を持って帰って行った。何人の園長が申請書を提出してくるだろうか。園長は小論文も書かなくてはならないし、経理内容も提出しなければならない。国に提出する内容より、面倒かもしれない。
申請書が出されると、書類審査と面接がある。面接は和久井と事務局の女子職員が全国の児童養護施設を訪問することになる。
スタッフ全員で反省会をやった後、浩平と亜紀、そして和久井の三人で北京都ホテルのレストランで食事をした。
「美緒さん。ごめんなさいね。ホテルの人じゃなくなってしまって」
「白石の籍は外さないでくださいね。私は、家長の秘書ですから」
「ええ」
「理事長の件、僕が言いました」
「美緒さんは、ホテルの仕事がしたかったのに、私が、無理に秘書の仕事をお願いしたんです。ホテルの仕事に戻す約束でした」
「もう、ホテルの仕事はいいんです。家長の代理で相馬保育園に行って、私の中で何かが変わったんだと思います。今は、この仕事に納得しています。でも、家長と離れるのが」
「離れる訳じゃない。私の仕事をやってくれているの」
「そうでしたね」
「和久井さん、僕のこと恨んでます」
「とんでもありません。片山さんがいなければ、こんな画期的なことできませんでした。そのことは、家長も私も、納得しています。私が言っているのは、個人的な感情なんです。私は、家長のことが大好きなんです」
浩平は、いつも、なぜか大勢の人を巻き込んでしまう。山にこもって、坊主にでもなった方がいいのかもしれない、と思うことがある。
「いまさら、遅いんですけど、巻き込んでしまったこと、謝ります」
「片山さん。これが、片山さんなんだと思いますが、どうして、悩むんです。あなたの話だったから、私が無理矢理やってるとでも思っているんですか。誰かがやらなければならないのなら、私は法律を無視してでもやりますよ。不正なお金だと言ってましたけど、それがどうしたんです。五千億ものお金を誰が出してくれるんです。私、時々、片山さんのこと殴りたくなることがあるんです。わかりませんか」
「いえ。殺気を感じたことはありますよ」
「どんな傷を持っているのか、聞きません。乗り越えてください。昔、私に言ったこと憶えてますか。全部飲み込んで、乗り越えろと言ったんです。あなたも、そうしなければならない宿命を負っているんです。骨は、私が、拾ってあげます」
「・・・」
亜紀の殺気が飛んできて、おもわず身構えそうになった。
「私、怒ってます。わかります」
「はい」
「優に慰めてもらいなさい。あの子は、片山のおっちゃんの傷を見抜いてます」
「やめときます」
「どうして」
「僕、泣いてしまいそうなんです」
「泣けばいいんです。私なんか、何度も、泣いてます」
和久井が驚きの表情で二人を見ていた。自信満々な二人が、悲しみをつれて生きている。そんな人間の裏側を見てしまった。
女には勝てない。いつまでも、片山浩平の弱点は女のようだ。
向日町の家には水島が来ていた。
「どうした」
「はい」
台所で福村が食事の用意をしているようだ。
「福村さん。食べてきました」
「はあい。いま、お茶いれます」
「何があった」
「いえ」
水島の様子が落ち着かない。
「お疲れ様です」
福村がお茶を持ってきてくれた。娘の彩は、いつものようにソファーで寝ている。当初はおどおどしていた福村だったが、今は、一家の主婦のように落ち着いていた。
「あの」
「ん」
「片山さんに、お願いがあります」
「なに」
「あのお」
福村が素知らぬ顔で二人を見ている。
「福村さんと、結婚したいんです」
「はあ」
「それで」
「で」
「片山さんの、許可がいるんです」
「どうして」
「それが、福村さんの条件なんです。お願いします」
水島が、机に額を付けるぐらいに頭を下げた。
「どういうこと。意味わからないし」
「ですから、片山さんが認めてくれることが、結婚の条件なんです」
「僕は福村さんの父親ではないけど」
「わかってます。でも、片山さんなんです」
「それって、説得できなかったから、僕に、なんとかしろ、ってこと」
「いえ」
福村は他人事のように見ている。さすが、女だ。うろうろするのはいつも男。
「水島君。君たちの結婚は君たちが決めることで、僕の許可など意味ないと思う。条件つけられた、と言うことは、断られたということじゃないの」
「いえ。愛さんはオーケーしてくれました」
「それは、君を傷つけるのが可哀そうだから、そう言っただけじゃないの」
「そんな」
「だったら、強引に嫁にしてしまえばいい」
「無理です」
「じゃあ、諦めろ」
「もっと、無理です」
「僕が、認めないと言ったら」
「それは、駄目です」
「認めるしかないのか」
「そうです」
「わかった。認めよう」
男同士だ。これ以上はいじめになる。
「いいんですか」
「ああ。認めるよ。水島君の熱意は、福村さんにも伝わっていると思う。そうだな、福村さん」
「はい」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
水島は一生この女に頭が上がらない。水島はそれでもいいのだろう。水島の人生にはまだ一山も二山もあるだろう。福村のようなしっかり者がついていれば乗り切れる。福村が飴と鞭を使って、水島を働かせてくれるだろう。二十五歳という若さで事務長という肩書をもらった水島だが、自分の仕事は下働きだと決めているようだった。多分、これも福村の助言だと思う。二人で一人前でもいい。
「福村さん。ここの仕事はどうする」
「続けます」
「時間を減らせよ。これは、雇い主の命令だ」
「はい」
子供基金の説明会で思いっきり厳しい説明をしたためか、申請件数は百件に満たなかった。事務局としては、五百件の申請が来たらどう対処するかを苦慮していたので、ありがたいことだった。申請資料の審査で面接は約六十件になった。和久井理事長は面接のために、全国行脚に出かけた。施設の現状を確認することと、施設責任者の人柄を見ることが和久井の役目だった。


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