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無力-4 [「無力」の本文]

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 統合参謀本部の作戦会議室は、よどんだ雰囲気の中にあった。各部隊の出動提案も住民避難勧告も受け入れてもらうことが出来なかっただけではなく、政府発表もされないこととなった。初期警戒マニュアルに従って偵察行動をとっている各機から送られてきている映像は、乗船している人間が難民に見える映像ばかりであった。汚れた衣服の子供たち、老人、そして幼児を抱いた女たち。彼らは日本の偵察機に向かって声をあげ、笑顔で手を振っていた。既に日本の領海内に侵入した船もおり、第八管区海上保安本部の巡視船がそれらの船を監視する位置にいたが、彼らの任務は見守る事であった。官邸の危機管理室では、情報提供だけが自衛隊の任務であり、主役は海上保安庁と外務省であった。ただし、海上保安庁の進言した船舶の臨検は受け入れられず、海上保安庁には何もやることがなかった。外務省の中田参事官が主導し、共和国からの回答待ちの状況がすでに何時間も続いていた。
「このままなだれ込んで来たら混乱するでしょう。海上で待機させて、少しずつ収容しましょう」
津田官房長官が菅野総理にむかって発言した。
「難民として受け入れるということですか」
法務省の三崎大臣が声を出す。
「いえいえ。難民認定をするかどうかは、まだ先の話でいいんじゃありませんか。帰れと言っても難しいでしょう。燃料の問題もあるし、彼らにも人権があるでしょう。とりあえず、収容するしか方法は無いと思いますが」
懲戒解雇という究極の緘口令の中で各省庁と自治体は、収容場所の確保に努めている。秘密厳守のために情報は分割され、担当者には作業の目的がつかめないようになっている。この手のマニュアルは、極端に充実していた。ただ、官公庁には緊急対応というのがなじまない。まだ書類の作成段階で、具体的な場所の確保にはいたっていなかった。そのような状況で、数万人と推定される人たちが海岸線に殺到したのでは、混乱することは容易にわかる。三崎大臣意外に、津田官房長官の発言に反論する人はいなかった。
「いつ、停船命令を出せばよろしいでしょうか」
海上保安庁の高田長官が菅野総理に問いかけた。
「逆に、いつ出せばいいか、教えてください」
「それは」
「早いほうがよいと思います」
高田長官の後にいた大迫次長が答えて言った。
「今、現場に展開している巡視船は十五隻です。それに対して向こうは二千隻以上ですから、周知徹底するにはかなりの時間が必要かと思われます」
「そうですか。皆さん、どう思いますか」
菅野総理は出席者の顔をぐるりと見回したが、反対を表明している顔は無かった。
「では、そういうことで」
「場所を確保しているからという事情も説明してよろしいでしょうか」
「いや、まだ難民認定するとは決まっていないので、期待を持ってもらわないほうがいいでしょう。ただ、停船を伝えてください」
「わかりました」
「相手が停船命令をきかなかった時は、どうされますか」
海上幕僚長の佐々木が発言した。
「ちょっと待ってください。幕僚長、あなたはまだ、軍事行動だと思っているんですか。あきらかに難民でしょう。これは。それとも、なにがなんでも自衛隊を動かしたいのですか」
井上防衛庁長官が甲高い声で詰め寄った。
「そうではありません。予想外のことに対処するのが危機管理だと思うからです」
「私には、そうは聞こえません。あなた方は戦争がしたいのじゃありませんか。いいですか。自衛隊は絶対に動かないでください。わが国は軍の勝手な行動を許しません」
佐々木幕僚長は黙って視線を下に向けるしかなかった。自分の娘だったら怒鳴り飛ばすところだが、相手が長官ではどうしようもなかった。
 海上保安庁が停船命令を出すという情報は、すぐに防衛庁の作戦会議室にも伝わった。町村と武田は送られてくる共和国の船団の映像をにらんでいた。
「一佐。これを見てください。少し低すぎませんか」
「どこだ」
「喫水線です」
「乗ってる人間が多いからじゃないのか」
武田が見ていたのは、百トンクラスの貨物船だった。
「自分もそう思ってたんですが、この大きさですよ。まだ船内に百人ほど乗っていれば理解できますが、そうも見えませんので」
町村もあらためて喫水線を中心にして船の映像を見直してみた。
「確かに、どれも低いな」
「でしょう。人間以外に重い物が乗せられているとすれば、危険ですよね」
「海上保安庁は臨検をしないんだな」
「これだと、臨検には応じないでしょうが、臨検もしなければ相手の思う壺ですよね」
「停船命令を出したら、停船するかな」
「しないでしょう。自分が向こうの参謀なら、巡視船の周りに何隻か停船させて、他はそのまま走らせますね。数の上では、圧倒的に有利なんですから」
「巡視船は全部で何隻出てる」
「十五隻です」
「四隻づつ停船させても、六十隻か」
「楽勝でしょう」
「ということは、雪崩れ込んでくるな」
「そういうことです」
「もう一度、臨検を進言してもらおう。臨検に応じなければ危険信号。臨検して武器が出てくれば軍事行動だ」
町村は本部長の席へ向かった。

13
 美姫が乗船した船は、清江号という比較的大きな船だった。母と一緒に船尾に近い場所にいる。父の金明進はこの作戦の軍の最高指揮官として別の船にいたが、第八軍に所属する兄の明哲がこの船の指揮官として船橋にいるので、家族三人が同じ船に乗っていることになる。この作戦では、大半が金一家のように家族ぐるみで参加させられていた。家族単位で乗船していないのは、もともと家族のない子供たちだけかもしれない。街中にあふれていた浮浪孤児が集められ、各船に分散乗船させられたが、食事が与えられるという条件に逃げ出す子供はいなかった。船酔いに苦しむ人も含めて、全員が甲板上に座らせられていた。平城から来た人と、清津はじめ地方から来た人の服装や身なりは歴然とした違いがあり、自然と二つの集団を作り上げていた。それでも、「手を振れ」という命令が出ると全員が一丸となって行動していた。遠くの方に見えている船は日本の巡視船だと教えられたが、一定の距離を保ったまま近づくことはなかった。日本軍のマークをつけたヘリコプターが二度近くを飛んだが、肉眼でパイロットの顔が確認でき、美姫も複雑な気持ちで手を振った。日本に上陸するということは説明されたが、上陸後の行動については誰も知らされていない。船室に多くの武器と弾薬があることで、なんらかの軍事行動であることはわかっていたが、自分がどのような任務を与えられるのかという不安を持っていた。共和国では幼児を除いて、ほとんどの人が小銃の扱いは訓練されているので、武器に対する違和感はそれほどでもないが、戦争に参加したことも、人間相手に銃を構えたこともないことが不安となっていた。
ヘリコプターが去り、太陽光を直接浴びる甲板上に疲れが出始めた時に、前方に大型の巡視船が現れた。それまで遠巻きにしていた日本の巡視船が舳先を持ち上げて近づいてくる。船上に緊張が走った。清江号には軍服を着用していない第八軍の兵士が十二人乗っていて、艦橋からの指令を乗船者に伝える役割を担っていた。艦橋と繋がる伝声管のそばにいる兵士が艦橋からの指令を大声で伝え、船上に散った兵士が周囲の人間を統率する。「手を触れ」の指令が船上に飛び交った。船尾付近に座っている美姫は手を上げながら、後ろを振り返った。海上には大小さまざまな船が、所せましと続いている。美姫の乗った船上で出た指令を見て、後続の船も同じ動作に移るのが見えた。
波を切って近づいて来ていた巡視船が舳先を曲げ、その横腹を見せて速度を落とした。船首の横にPL61という文字が見えた。機銃がこちらに向けられているのが見え、拡声器の声が遠くに聴こえ始めた。その時、美姫の乗った船の船橋の上に黄色の三角旗が上がった。船上の者は日本の巡視船に向かって手を振り続ける。しばらくすると、後続の船団の中から船速を上げて先頭に飛び出す船が出てきた。清江号は速度を落とすことも、進路を変えることもなかったが、後ろから来た船が巡視船の方へ舵を切っていった。船団に対して右舷を見せて微速前進している日本の巡視船と船団の中間に、四隻の船が割って入るような形で距離が狭まっていく。四隻の船は船団の中では大きい方だが、巡視船と比べるとひどく小さく見えた。四隻は速度を落として巡視船の近くに寄っていった。清江号が少し舵を左に向けると、後続の船団も同じように進路を変えた。
船の動きはどれもゆっくりとしたものだが、船団全体は日本の巡視船をよけるように左右に分かれて進んだ。巡視船の拡声器からは、日本語と朝鮮語で停船命令を出しているが、四隻以外の船はどれも停まる様子もなく、歓喜に満ちた歓声と笑顔と打ち振る手を残して、その場を去って行く。日本の領海にいるのだから攻撃される可能性はある筈だ。
「やめ」の号令がかかり、誰もが疲れた手を下ろした。乗船した時よりも、海上で夜明けを迎えた時よりも不安感が増してきている。元気だった子供たちの目にも不安の色が出ていた。伝声管から「食事用意」の指令が出され、食事当番の女たちが船室の方へ移動を始め、美姫も立ち上がった。具の無い雑炊を食べ続けているが、昼食を出したら船の中には食料になる物は無くなる。目的地に行けば、好きなだけ食べられると説明されていて、それを期待するしかなかった。

14
 巡視船「おき」からの映像が官邸の危機管理室に送られているが、同じ映像を見ていても、状況判断はその人の立場によって全く異なっていた。共和国の古びた船の上で手を振る人を見て、難民に間違いないという確信を持つ人。停船することもなく進み続ける船団に危険を感じる人。現在進行中の状況の中に何か利権になるものは無いかと見つめる人。だが、肌で異常を感じている現場からは、臨検実行の意見具申が何度となく伝えられていた。長官から発言禁止を命じられている自衛隊の幕僚長は、海上保安庁の意見具申に賛同の意思表示もすることが出来なかった。難民受け入れの施設確保は遅々として進まず、数百人という漠然とした数字が一人歩きをしている。今までに災害時の避難場所を確保する仕事は、どの自治体でも実績があったが、収容するのが日本国籍を持った自国民であり、逃亡等の心配は必要なかった。しかし、今度のように相手が日本国籍を持たない難民の場合には、保護と監禁が必要になる。常識的に考えても、数万人と予測される難民を収容する施設など確保できないとわかっていたが、各省庁と自治体に確保せよという方針を示すだけで政府は問題の先送りを選択していた。
「当分は船内で生活してもらうとして、食料の確保と、保安警備の警察官の配置を急がねばなりません」
杉山総務大臣が発言した。各地方自治体から圧力を受けている総務省としては、目先の問題を解決する必要に迫られていた。先ず、意思の疎通を図るために朝鮮語の話せる人材の確保、管理事務所の確保、宣伝カーの確保、食料の確保、そしてその食料を運搬する船舶の確保等々である。ただし、危機管理室で議論されていることは、各省庁の入り口で止められ、実行されることは無い。情報管理に支障があるため、と言うのが理由だった。
「船から降ろしてはいけません。先ずは警察官の配置が必要です」
津田官房長官が発言した。言葉の上では簡単にきこえるが、数千人の警察官を即座に配置するようなことは不可能としか言いようがない。実務の伴わない空論が真面目に議論されている。
「そうです。警察官です」
海上保安庁の高田長官も官房長官に同意した。
太平洋戦争で完敗を喫した日本が驚異の復興をとげ、世界第二の大国になれたのは、必死に働く国民性のおかげであったが、その中心にあった官僚機構の勝利でもあった。その官僚機構が制度疲労をおこし、弊害だけが目立つようになった時に政権を取った民主党は政治主導という選択肢を選んだ。官僚機構が機能していた時は、実務はいつも同時進行していたが、いまは空論だけが駆け巡っている。国家の存亡に関わるような事態でない限り、問題を先送りすることでもそれなりに時間は過ぎていくので、政府とその代表者である閣僚は自分たちが空論をしているだけだということにも気がついていない。耳に心地よい言葉があふれ、まるでマスターベーションに魅せられた中学生のようであった。
その時、総務省の係官が部屋へ駆け込んできて、総務大臣に何事かを耳打ちした。
「金沢で住民が騒ぎ出したそうです」
「どうしてです。あれほど念を押したじゃありませんか。パニックが起きても知りませんよ」
総務大臣の発言に、津田官房長官が叫んだ。
官房長官の否定発言があり、地方自治体への難民収容施設の確保依頼があり、警察庁への重点配備指令があって、情報が表面化しないわけがない。危機管理室で何かが議論されていることも新聞社は把握していたために、官邸の庭にはテレビ中継車が集結している。官邸の敷地内の状況変化を知らせなかった事務方にも重大な責任があるが、危機管理室に出席していた人だけが、秘密は守られているものと思い込んでいた。
「記者会見をしてください」
管野総理が津田官房長官に言った。
「総理がされるのですか」
「いえ。まだ私が出なくてもいいでしょう」
「わかりました」
「この映像を見せれば、誰でも納得してくれるでしょう」
菅野総理は、海上保安庁から送られてきている、船上で手を振る貧しい身なりの人たちの画面を指差した。
「これを出してもよろしいんですか」
「いいと思いますがね。どなたか異議のある方はいますか」
管野総理は、いつものように出席者の同意を求め、いつものように誰からも発言は無かった。津田官房長官が難しい顔をして部屋を出て行った。
「官房長官には悪いけど、少し休憩にしましょう。よろしいですか」

15
 加代が大阪の八尾飛行場に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。大阪支社の企画部にいる若い男子社員が小型のテレビカメラと伝送装置の箱を持ってきてくれたが、飛行許可がおりずに待たされていた。八木と名乗った中年のパイロットが何度も交渉しているが、既に二時間は待機状態である。不機嫌な顔で八木が戻ってきた。
「なにかあるんですか。いつもはこんなことは無いんですがね」
「そうですか」
「どうしましょう」
「実はですね」
加代は概略を話すことにした。危険も覚悟しておかなければいけないとすれば、事情を説明しておく義務がある。北の共和国から大量の船が日本に向かっていること、もしもそれが軍事行動だとすれば住民に避難を呼びかけなければならないことを話した。
「そうですか。それじゃあ、飛行計画が問題なんだ。日本海をひとまわりしてくれと言われたんで、そのとおりに出したんですよ。やり直してきましょう」
「危険があるかもしれませんが、いいですか」
「仕事ですからね。それに、こんな言い方しては悪いけど、女のあんたが行くんだろう。俺がビビってたんじゃね」
「すみません」
八木は十分ほどで戻ってきた。飛行許可はおりたが表情は厳しかった。
「どうやら、日本海全域に飛行禁止が出てるみたいですね。こんなことは初めてです。急ぎましょう」
二人はヘリの待機場へ走った。カメラと機材は積み込んであり、ヘッドセットの使い方も教わっていた。八木は慣れた様子でチェック項目を読み上げ、計器をチェックし、エンジンを始動させる。ローターが回りだし、さらに八木のチェックが続く。八木の緊張感が加代にも伝わってきた。
飛行場を文字通り飛び出すようにして、八木は高度を上げていった。
「北山さんは、企画部だったよな」
ヘッドホンから八木の声が聴こえた。
「はい」
「報道じゃなくて、なんで企画なんだね」
「それは」
加代は答えようがなかった。
「言えない」
「すみません」
「じゃあ、さっきの船の情報の出所も秘密かね。確かな情報なら、えらいことだ。危険があるなら、はっきり覚悟しておきたいと思うんだが、駄目かね」
危険を犯してくれている八木には話しておかなければならない。
「情報は統合参謀本部からです」
「市ケ谷の」
「そうです」
「やばいじゃない。北山さんはどう思ってるの。戦争になると思ってるの」
「わかりません。でも、自衛隊は警告を出したいのだと思います」
「どうして」
「政府の発表を待っていたんでは、間に合わないと思っているんだと思います。現実にまだ何の発表もされていません。もう時間がないと思うんですが」
「わかった。覚悟を決めるよ」

16
 清江号の船上は話声も無く、静まり返っていた。美姫も皆と同じように頭の上に手持ちの服を広げていた。風はあるが、夏の日差しはあまりにも強すぎた。日射病にならないように各自で陽をさえぎるように指令が出されているが、予想以上に体力は落ちているようで、元気だった子供たちも静かに座っていた。日本の巡視船から離れて、何時間過ぎたのだろう。単調な航海が続いている。陸地は全く見えなかった。
兄の明哲を指揮官として、十二人の兵士が乗り込んでいて、1人の兵士が班長として、四家族から五家族を指揮している。それら班長を務める兵士が船倉から、書類を手にして戻ってきた。
「責任者は集まってください」
申浩基が落ち着いた声で呼びかけた。母と二人の小さな家族だが、美姫が責任者になっている。美姫と他の四家族の責任者が、申浩基の近くに並んで座った。
「上陸後の説明をします」
船上で一斉に説明が始まり、疲れきっていた人たちに緊張が走る。
「私たちは、日本の侵略統治により大きな苦痛と深い悲しみを味わいました。その残虐非道な仕打ちは皆さんもよく知っているとおりです。ですが、偉大な将軍様のご指示を得て、今日、私たちはその忌まわしい過去から開放されるために、日本に上陸して、占領統治を始めます。勿論、一気に日本全土を占領することは出来ませんが、私たちが名誉ある先陣を務めることになります。上陸地点は、舞鶴という所です。大きな港町で、軍港でもあります。皆さんは軍人ではありませんが、国を守る兵士としての役割を持ってもらいます。家族が一つの小隊だと思ってください。小隊の任務は、それぞれが指定された日本の家を占拠することです。そして、そこに住んでいる日本人を捕虜として、指定された収容所へ連行してください。そして、その任務が終われば、その指定された家が皆さんの家になります。ここまでの説明は、いいでしょうか」
申浩基は、自分の前に集まった人を落ち着いた表情で見た。
「では、もう少し具体的な話をします」
申浩基は、封筒の表書きを確認しながら、各責任者に手渡した。
「見てください。簡単な地図と、皆さんの攻撃目標となる家の写真が入っています」
手書きの地図と写真が一枚あった。十軒ほどの家が写っている街角の写真には、目標となる家に矢印が書き込んであり、日本の文字でその家の名前が書かれていた。どこから写真を入手したのだろうと思ったが、美姫は黙って写真を見た。美姫の目標とされていたのは、キリスト教の教会と思われる建物だった。実物を見たことはなかったが、写真では知っていた。
「その攻撃目標地点までは、私が一緒に行きます。次にこの写真を見てください」
申浩基は手にしていた封筒から数枚の写真を取り出した。
「これは、制服を着た日本の警察官と軍人です。警察官と軍人には無条件で発砲してください。武器を持っていますので危険です。民間人は出来る限り捕虜にしますが、身体検査をして、武器をもっていたら射殺してもかまいません」
写真が次々と渡されていった。
「十五歳以下の者と、六十歳以上の人は攻撃に参加しませんので、この船に残してください。それ以外の人には全員に小銃を渡します。当面は、日本人と我々同胞が入り乱れることになりますが、小銃を持っているのが同胞という判断になりますので注意してください。近くであればバッヂで識別できますが、バッヂが見えない距離からの発砲もあります。それと、赤い上着と赤い帽子の人たちは我々の協力者です。皆さんが下船した時には、バッヂも銃も渡してありますので心配はいりませんが、知っておいてください。捕虜は多いほうがいいのですが、自分の身が危険だと判断すれば、迷わずに発砲してください。軍は皆さんの判断を尊重しますし、責任追及もしません。だからと言って皆殺しにしてもらっては困ります。捕虜が我々の切り札になりますから。それから、この写真の警察官と軍人は、第八軍が制圧するつもりですが、撃ち洩らした場合は皆さんにも自分の身を守るための行動をお願いします。何か聞いておきたいことはありませんか」
申浩基の口調は軍人の物言いには思えなかったが、そのことも含めて全てを受け入れなくてはならないことは誰もがわかっていた。父や兄の立場はあるだろうが、たとえ相手が日本人だとしても、美姫は銃を人に向ける気はなかった。こんなことに巻き込んだ父と兄に怒りを覚える。だが、主体体制の中でそんな怒りが口に出せるものではないことは美姫も承知していた。
「あと、二時間ほどで作戦は開始されます」


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