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無力-14 [「無力」の本文]

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 安藤一佐を指揮官とする特殊部隊所属の五人が危機管理室に平然と入ってきた。各自、床に降ろした工具箱に似たケースから装備を取り出し、訓練の時より素早い動作で武装していった。
「君たち。何をしてる」
津田官房長官が、荒い声で呼びかけて、部屋にいた全員の視線が入口に立っている武装隊員の方へ向けられた。官房長官に対応する隊員はなく、定められた計画に従って部屋に散会した。
「どういうことです」
津田官房長官は、稲本幕僚長の方へ向き直って言った。
「官房長官。我々はクーデターを起こしました。申し訳ありませんが、全員を拘束させていただきます。反抗された方は射殺されます」
部屋にいた人たちは狼狽の表情で武装隊員を見た。
「幕僚長。こんなことが成功すると思っているのですか」
菅野総理の声は静かだった。
「はい。そのつもりです。皆さんに申し上げます。この建物には大量の爆薬がしかけられています。我々を含めて全員が死ぬには充分な量の爆薬です。ただし、自分は一人の犠牲者も出さずに、このクーデターを成功させたいと願っております」
「それでも、これは死罪ですよ」
「総理。死ぬ覚悟もなくクーデターを起こすと考えておられるあなたが、このような事態を作り上げたのです。舞鶴の人質の苦しみを理屈でわかってはいけません。ところで、ここにおられる皆さんは銃器の力をご存知ではないと思いますので、念のためにデモンストレーションをさせていただきます」
稲本幕僚長の合図で、安藤一佐の自動小銃がマガジン一本分の弾をはじき出した。壁際にある、軽食やコーヒーがテーブルの上で飛び散って床に転げた。
「伊丹長官。あなたは、この状況を知らせてください。警察関係の方からも犠牲者は出したくありません。ここに戻ってきていただく必要はありません。それと、爆発物の件ですが、これも念のためにテストをします。公用車駐車場から百メートル以内にいる人を避難させてください。十分後に車庫を爆破します。急いでください」
警察庁の伊丹長官が転ぶようにして部屋を出て行った。
「残られた皆さんには、もうしばらく我慢をお願いいたします。総理。我々の要求は、人質の救出なんです」
「武力に頼ることしか、あなたたちの頭には無いのですか」
「そうでもないのですが、武力を使わなければならない、ということもあるのです。そこのところを多くの国民に判断して欲しいと思います。幸運がいろいろと重なりまして、先日舞鶴の施設から一人の女性が脱出しました。この女性も悲惨な体験をしていますが、この場に参加していただけることになりました。我々はこの場で、この戦争を、テレビ中継で全国に流したいと考えています。そうすれば、ここにおられる方々は、国民に向けて主張を届けることができますし、国民にとっては情報開示になります。賛成していただけますね。総理」
「もちろんです」
「では、三時間後に放送開始にさせていただきます」
「おい。トイレも行かせない気か」
外務大臣が怒りの声を出した。
「しばらく、我慢を」
安藤一佐が十分経過したことを幕僚長に知らせた。
「爆破」
幕僚長の命令を受けて、安藤一佐は無線発信機のスイッチを押した。幕僚長はこの爆破に巻き込まれた人がいないことを祈った。真田航空幕僚長が情報ブースに行き、モニターにテレビ各局の映像を出すように指示した。NHKを通じて、内容未定だが特番の事前要請がされていたので、クーデター発生という情報を得て、全テレビ局がクーデターの発生と、午後一時から始まる重大発表の予定を伝えていた。共和国との事件が始まった時から、官邸にはテレビ村ができており、車庫爆破の状況がすぐに流れ始める。真田幕僚長は用意してあった詳細声明文をマスコミ各社に送信するように指示し、情報担当官がその作業を開始した。クーデターに関する情報も公開可能と判断した時点て発表することになっている。クーデターの情報開示など前代未聞だったが、稲本幕僚長は強く主張した。
十二時前になって、NHKのスタッフとアナウンサー、そしてテレビクルーが到着した。インタビュアは女性で、根岸幸子という若いアナウンサーだった。NHKには、アナウンサーだけではなく参加する人の生命の保証ができないことを伝えてある。緊張の色は隠せなかった。
一時十分前に地響きがして、北山加代の乗った救急車が、前後を装輪装甲車に護衛されて到着した。救急車から車椅子に乗った加代が二人の女性自衛官に付き添われて降りてくる。洗濯こそしてあったが、加代の着ていた服は舞鶴で着ていたものだった。加代の顔も緊張で青白かった。二台の装輪装甲車は12.7ミリ重機関銃を外に向けて、そこを守ることになっている。銃手を残して、完全武装の兵士が出入り口の守備をするために展開した。首相官邸に二台の装輪装甲車が配置されて、クーデターはそれらしくなった。
テレビ局のスタッフは、危機管理室という与えられたスタジオの効率的なセッティングをするために、政府首脳の座席位置、証言者の座席位置、そしてインタビュアの座席位置を決め、機敏に動いた。このような大掛かりな中継準備を一時間で行うことは至難の業であったが、スタッフの怒号が飛び交う中で準備は着実に進められ、根岸アナウンサーも自分の席につき、急いで作った原稿に目を通していた。政府首脳の集団は雑談で騒々しい。笑い声さえ聴こえる。どこかのテレビ局に収録にきているつもりなのかもしれない。部屋の中はクーデターの緊迫感ではなく、スタジオの緊張感に変わっていた。危機管理室に入れるカメラはNHKのカメラだけなので、民放各社へもリアルタイムで映像を送り出すことになっている。日本のテレビ業界で、一テレビ局の映像を全局で一斉放映するという事態は初めてのことだった。
車椅子に乗った加代と二人の女性自衛官が危機管理室に入ってきた。その時、一瞬だったが部屋の物音が全て消えた。すぐに我に返ったテレビスタッフが、三人を所定の場所に誘導した。
「二分前です」
スタッフが「2分」と書かれたカードを持ち上げて知らせた。根岸アナウンサーは証言者として部屋に入ってきた加代の顔をすぐに思い出した。母親の職場の近くで食事をした時に紹介された女性だ。自衛隊から説明に来た武田という男性は、証言者としての北山加代の過去を何も話さなかったが、ヘリの撃墜で行方不明とされていた新聞社の人物だということを思い出した。

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 スタッフの秒読みが始まり、根岸に向けてキューが出された。
「こんにちは。ここは、首相官邸にある危機管理室です。この中継は自衛隊の要請により行われます。我々が得た情報では、これが軍事クーデターだということです。早速ですが、自衛隊の責任者の方にお尋ねします。このクーデターという情報は正しい情報でしょうか」
稲本幕僚長が挙手をして発言を求めた。
「陸上自衛隊の幕僚長を務める稲本です。ご指摘のあった情報ですが、正しい情報です。我々は、本日十時に武装クーデターを実行いたしました。現在、政府の機能は停止しています」
「幕僚長とは、自衛隊の制服組と言われる人たちの長という認識でよろしいでしょうか」
「その通りです」
「では、幕僚長にお尋ねします。現在、日本は自衛隊の実効支配下にあるということですか」
「そうです」
「私は、NHKのアナウンサーで根岸と申しますが、私がインタビューをすることに問題はありませんか。そちらにおられる政府首脳の方々の了解は得ておりませんが」
「公平な立場を堅持していただければ、問題はないと思いますが、ご心配なら確認を取っていただいて結構です。」
「ありがとうございます。菅野総理にお尋ねします。私がインタビュアをすることを了解していただけますでしょうか」
根岸は菅野総理に顔を向けた。
「いいでしょう」
「ありがとうございます。では、再度幕僚長にお尋ねします。国民の感覚としては、軍事クーデターなど、あってはならないことだと考えますが、なぜ、このような暴挙に至ったのかご説明いただけますでしょうか」
政府席から「そうだ」という野次がとんだ。
「我々の要求を申し上げましょう。舞鶴で人質となっている国民の救出をするために、現政府の退陣と新政府の樹立を要求します」
「すみません。意味がわかりませんが」
「そうだと思います。どうして意味が通じないかわかりますか」
「それは・・・」
「情報開示です。国民に情報開示がされていないからなんです。マスコミの方でさえ、ほんの一部分しか知らされていないと思います」
「確かに情報が少ないと思います。ですが、問題が問題ですから仕方がない、と思っている方が多いのではないでしょうか」
「人命が失われても、ですか」
「それは、舞鶴自動車道の事故のことですか」
「あれは、事故ではありませんが、その舞鶴自動車道の犠牲者を含めて、推定でどの位の犠牲者が出ていると思っていますか」
「他にも、犠牲者がいるという意味ですか」
「そうです」
「私が知っているのは、あの事故の犠牲者の方だけです」
「では、舞鶴で人質になっている方はどのぐらいでしょう」
「五千人という方もおられますし、五万人という方もいて、実数はよくわかりません」
「そのことを、不思議だと思いませんか」
「調査中と聞いています」
「その調査は、一ヶ月も前に終了しています。遺体を引き取ったわけではなく、人質の方に面接したわけでもありませんが、推定死者は千五百人を超えているものと思いますし、人質の人数は二万二千七百人になると推定しています」
「千五百人、ですか」
根岸は菅野総理へ視線を移したが、総理には動揺の様子がなかった。
「幕僚長。この事件の検証を、最初からさせていただく必要があるように思いますが、よろしいでしょうか」
「もちろんです。その前に。根岸さんとおっしゃいましたね」
「はい。根岸です」
「根岸さん。今、事件の検証と言われましたが、事件の意味をどのように捉えていますか」
「どのように、と言われましても」
「では、言い方を変えましょう。これは事件ですか、それとも戦争ですか」
「わかりません」
「根岸さん。あなたを責めているのではありません。多くの国民が、これを事件と捉えています。日常的に発生する殺人事件と同じ目線で観ています。先ず、その点から検証しましょう。日本人ではない人が、突然日本の国土に上陸してきました。武器を持ってです。その武器で日本人が射殺され、多くの市民が人質となりました。軍人同士なら捕虜という言葉を使いますが、民間人ですから人質という言い方をします。舞鶴という地域が、それらの人々によって閉鎖されました。武力により侵略して、占領したのです。舞鶴では、銃器を持った大勢の敵に支配され、防衛線が築かれています。今、根岸さんが舞鶴へ行ったとします。運がよければ人質、運が悪ければ殺されます。このような状態を、私は戦争状態と理解しますが、根岸さんは、どう判断されますか」
「そう、言われましても。私は舞鶴の現状を知りませんから、お答えできませんが」
稲本幕僚長は隣に座っている真田幕僚長と何事かを相談した。真田幕僚長が立ち上がって情報ブースへ行き、担当官に指示を出している。
「根岸さん。あなたの言われるとおりです。今から、現地の映像を見ていただきます。敵の上陸直後の様子です。その上で判断してください」
「勝手なことは許されんぞ」
津田官房長官が立ち上がって叫んだが、部屋の中に配備されている隊員が一斉に銃口を官房長官へ向け、発砲命令を待つ体勢を取った。緊迫した空気に、津田官房長官が席に戻った。
36インチのモニターに、上陸直後の映像が写し出された。上陸してきた共和国の人々の手には銃があり、次々と警察官が射殺されている状況がはっきりとわかる。危機管理室から全国に流された映像は、テレビ画面を写したものなので品質はよくなかったが、何が起きているのかは判別できた。ほんの数分の映像であったが、根岸の顔が青ざめていた。しばらく沈黙が続き、全員の視線が根岸に向けられている。稲本幕僚長も沈黙していた。
「幕僚長。この、映像を、皆さん見ているのですか」
「この部屋にいる方は見ています」
「信じられません。これを見ていない方はおられませんか」
根岸は政府首脳の席の方へ問いかけたが、誰一人として声を返してこない。
「幕僚長。これは何かのテストなのですか」
「いいえ。これは現実に起きたことです。もう一つ見ていただきたいものがありますが、全国に放映するには不都合なものです。あなたが見て、判断してください。カメラの位置が、少し遠いので見づらいかもしれません」
稲本幕僚長は真田幕僚長に合図を送った。それは、人質収容施設の中で一箇所だけ公開処刑の様子を撮影することに成功したものだった。一分ほどで映像は途切れた。
「これは」
「公開処刑が行われました」
「公開処刑。あの柱に縛られていたのは日本人ですか」
「そうです。人質になっている人が二百人殺害されました。女性も子供も老人も、です」
「この映像を流すかどうかの判断をしろ、と言うのですか」
「そうです。ここには、あなたしかいません」
「時間をください」
根岸は携帯電話を持ち上げて見せた。稲本幕僚長は手を振って「どうぞ」という意思表示をした。しばらく、電話でのやりとりがあったが、深刻な表情で部屋の中を見回した。
「菅野総理にお尋ねします。これは、本当にあったことでしょうか」
「そうです。ただし、海上自衛隊の命令違反が理由でした」
「それは、どういうことですか」
「護衛艦が共和国の船舶を沈めたための、報復だったのです。船に乗っていた共和国の人が二百人死亡しました」
「幕僚長。そうなんですか」
「共和国の言い分はそのとおりです。ただし、共和国の船は台風で操船に失敗したものと思います。護衛艦が関与していないことは科学的に証明することができます。公開処刑の理由が映像を流すかどうかの判断の根拠になるのですか」
「いいえ。そうではありません。事実かどうかです。先程の映像もそうですが、日本ではこのような映像をテレビで放送するのは初めてです。それでも、あえて、放送するべきだと考えます」
「そうですか。あなたは冒頭で、このクーデターが暴挙と言いましたよね。私も、これは暴挙だと思います。こんな方法しか取れなかった自衛隊を、国民はどう判断するのか。判断をするには情報が必要です。ですから、国民の皆さんに我々が持っている情報を共有して欲しいのです。そして、国民の多くがノーと言うのなら、我々はこのクーデターを中止しなければなりません。確かに残酷な映像ですが、わが身に置き換えて受け止めていただきたいのです」
遠くの映像なので、現場の音声はなかったが、何が起きているのかは、充分に判断できる映像だった。無音の映像が二時間続いた。
「幕僚長」
映像の消えた画面に目をすえたまま、根岸が呼びかけた。
「なにか」
「犠牲者は、千五百人と言われましたが、当然これらの映像にはない犠牲者がおられるということですよね」
「そうです。それは、ここにおられる北山さんから話してもらいます。北山さんは、奇跡的に脱出することができた方です。つい最近まで舞鶴の収容施設に監禁されていました。まだ体力が回復していませんが、無理にお願いして、来ていただきました。収容施設の現実を聞いてください」
「北山さんとは面識があります」
稲本幕僚長が意外な顔をした。
「北山さんは、日日新聞の方ですね」
「そうですが」
加代の代わりに稲本幕僚長が返事をした。
「私の母も、日日新聞におります。以前に、母と三人で食事をしたことがあります。舞鶴で墜落したヘリコプターに乗っておられて、行方不明になっていた方です」
加代も根岸の顔を思い出したようであった。

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 一時間ほど前から、NHKだけでなく全国のテレビ局の電話が不通に近い状態になっていた。ごく稀に抗議の電話もあったが、大半がテレビ局の判断を支持する内容だった。
「北山さん。根岸ですが、憶えておられますか」
「ええ」
「北山さんは、今のテレビを見ようとなさいませんでしたね」
「私には、できません」
「それは」
「私を救ってくれた方が、その時、二人亡くなりました」
「処刑されたということですか」
「はい」
「ごめんなさい。本当に。許してください」
根岸は立ち上がって、頭を下げた。
「お話していただけませんか」
「私は、ある情報について、その確証を取るために舞鶴へ行きましたが、パイロットの八木さんという方が、銃に撃たれて亡くなりました。ヘリコプターは墜落し、私はなぜか助かりました。しばらく意識がなかったので、その時のことは詳しくはわかりません。私が舞鶴に行かなければ、八木さんは亡くならなくてもすんだのです。銃を持った人に囲まれて、トラックに乗せられて連れて行かれましたが、八木さんの死で頭が一杯で、よく憶えていません。上手な日本語を話す女性がいて、右手の怪我の手当てをしてくれたことを少し憶えています。学校に連れて行かれました。そこには大勢の日本人がいて、座る場所にも困る状態でしたが、原田敬子さんという方が私に場所をあけてくれました。後で聞きましたが、私は血だらけだったそうです。それほど痛みは感じていませんでしたが、それなりに痛がっていたのだと思います。その原田敬子さんのお友達で村上健一さんという方が、右手が脱臼していると言って直してくれましたので、少し楽になりました。原田敬子さんは二人のお孫さんと一緒に拉致されていましたが、気持ちがとても大きな人で、母親に会ったようで、八木さんの死を受け入れられなかった私を包み込んでくれました。二人の子供たちは、周囲を困らせることのない、とてもいい子たちで、あんな環境の中で我慢をしている子供たちを見ていると、私。私、その時は、耐えられなくて、死にたいと思っていたのかもしれません。子供たちも、優しくしてくれて、あの子たちのために、生きていたいと思うようになりました。その原田敬子さんと村上健一さんが処刑されました」
「その時の、様子はどうだったのですか。勿論、無理に、とはいいませんが」
「私は、見ていません。気を失っていました」
「それは」
「敬子さんが呼び出されて、部屋を出て行った後、放送があって、処刑と言われて、私、敬子さんの後を追って教室を出て、一階まで行きましたが、そこで、殴られて、気を失ったみたいです」
「そうでしたか」
「私たちには、何もできません。ただ、生きているだけです」
「その他にも、亡くなった方がおられますか」
「はい。大勢の方が亡くなりました」
「どうしてでしょう」
「食事と薬です。体力のないお年寄りや子供が、大勢死にました」
「食事、と言いますと」
「一日三回配られる、おかゆだけが食事でした。給食用のドンブリに入っていて、量はドンブリに三分の一ぐらいです。できるだけ体を動かさないようにしていました」
「薬は」
「子供が風邪をひいても、熱を出しても、生き残るのは、その子の体力次第です。薬は全くありませんでした」
「幕僚長。私たちが聞いていたのは、充分な食料が舞鶴へ毎日送られているという情報でしたが、違うのですか」
「食料は毎日、舞鶴へ送られていましたが、その大半は共和国へ送られていて、人質になっている日本人の食事にはなっていません。上陸した共和国の陣容は、五千人前後の軍人と、約二万人の民間人です。彼らの食糧は現地調達ですから、日本人の分は無いことになります」
「そのことを、皆さん知っておられた」
「そうです」
「薬も」
「そうです」
「このことが、クーデターを起こそうとした理由ですか」
「理由の一つです」
「では、他にも」
「根岸さんが、共和国でこの作戦の指揮を執っているとしましょう。第一段階は、ご覧の通り大成功です。では、この先どうしますか」
「舞鶴のような場所を増やせば、更に得るものが多いということですか」
「その通りです。誰にでも、次の作戦は想定できます。その第二段階の作戦の根拠になっているものは、何だと思いますか」
「さあ」
「日本が無抵抗で、要求が全て満たされるからです。彼らにリスクはありません。日本の土地も、国民の生命も、財産も欲しいだけ手に入ります。舞鶴港への武器の搬入が増加しています。それほど遠い時期ではなく、第二の作戦が開始されるでしょう。この放送を見ている人は、今の今まで、他人事だと思っていました。でも、明日はあなたの街が占拠されて、あなたが人質として拉致されることになるのです。そう言われることに、現実味はありませんか」
「あります。他人事ではありません」
「皆さんに、是非とも、わが身に置き換えて、この現実を受け取っていただきたいのです。まだ、二万人以上の人が苦しんでいるのですから」
「でも、どうして今まで放置されていたのですか」
「それを、お話しなければなりません。自衛隊は文民統制が大前提であり、総理大臣が自衛隊の最高指揮官です。自衛隊独自の行動は、今回のようなクーデター以外にはありません。そのことは皆さんもよくご存知だと思います。自衛隊は共和国の行動を当初からつかんでいました。従って、上陸前の海上での防衛を進言しました。ここで防衛をしていれば、戦闘での自衛隊員の死者は出ましたが、民間人の死者は出さなくても済みました。敵が上陸し、銃器が確認できた時点で防衛出動をしていれば、多数の警察官の死は防げました。舞鶴の住民が人質になった時に、その救出出動をしていれば、多くの人質を救出できたでしょう。人質の収容施設として利用された公共機関の建物に爆薬をしかけられる前に行動を起こしていれば、敵は総崩れになっていたと思います。そして、現時点で救出作戦を実施したなら、人質になっている方の半数以上は死亡する可能性がありますが、このまま放置すれば人質は際限なく増えていきます」
「自衛隊の進言が全て受け入れられなかったと」
「残念ですが、そうです」
「総理にお尋ねしてもよろしいでしょうか。どうしてなのか」
根岸アナウンサーは、菅野総理に視線を移した。
「お話しましょう。今、皆さんは大局を見る目を失っています。かつて、日本の軍部が武力に頼り、大きな失敗を犯したことを忘れてはいけません。日本の国民を死なせただけではなく、アジアの国々の多くの人々に多大な迷惑をかけました。武力では何も解決しないのです。自衛隊の諸君は、そこがわかっていない」
「では、総理。どうすれば解決するのか教えてください」
「話し合いです。それしかありません」
「では、その話し合いが、どこまで進んでいるのか教えてください」
「外交上のことは、このような場所でお話する性格のものではありません。鋭意、交渉中ということでご理解いただきたい」
「それでは、答になりませんが」
「私が、お答えします」
政府首脳席から女性の声が聴こえた。
「あなたは」
「防衛庁長官の井上です」
「ありがとうございます」
「井上君」
菅野総理が感情的な声で言った。
「すみません。総理。何かが進んでいるように誤解を与える言い方は、よいことではありません」
菅野総理があからさまに不機嫌な顔をしているのを見て、根岸は井上長官に質問した。
「防衛庁長官は何も進んでいないとおっしゃるのですか」
「そうです。共和国政府は、この愚かな行動は一部反動分子の仕業であり、統制不可能と回答してきました。平和的に解決して、共和国人民を送還すれば、国内法で処罰するそうです。罪人であることに間違いはないが、共和国の人民でもあるので、鬼畜日帝が犯した歴史を繰り返すようなら、正規の共和国軍が対応せざるを得なくなるとの見解でした。これは、一ヶ月前にあった中国政府経由の共和国の回答でして、直接交渉は一度もありません」
「つまり、総理のおっしゃる話し合いというのは、一度も実現していないということですか」
「はい。話し合いなど一度もありませんし、政府内にはその動きもありません。話し合いとか、平和的という言葉だけがあるだけで、何の具体案も無いのが現状です。お題目を唱えていれば、いつか不幸は去っていくだろうという期待だけです」
「井上長官も閣僚のお一人ですよね」
「とても残念ですが、その通りです。力不足で、説得できなかった自分を恥じています」
「長官はこのクーデターをどう思われますか」
「自衛隊の方には、本当に申し訳ないと思います。皆さん死罪を承知で、このクーデターを起こされました」
「死罪」
「これは反逆罪です。いずれ、軍法会議で死罪になるでしょう」
「幕僚長。そういうことですか」
「他に方法がありませんでした。我々自衛官は、国民の生命財産を守ることを誓って、この職務に就いています。そのためには、自分の生命を失うことも含まれているのです。自分でクーデターを起こしておいて、こんなことを言ってはいけませんが、クーデターはいけません。自分は全自衛官に謝らなくてはなりません。自衛隊に泥を塗ってしまいました。申し訳ないと思っています。死罪は当然の処置です」
「どうして、そこまでなさるのですか」
「自分は国を守りたい。古い考えだと言われますが、男は女子供を守りたいのでしょう。それが出来ない男に存在価値はない。死なねばならんのなら。これは最後のあがきです」

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