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不幸の神様が大喜び [評論]



IMFは、4月に、世界のインフレ率見通しを、3.8%から7.4%へと変更しました。
3.8%の予測を発表したのが昨年の10月ですから、僅か6カ月で倍の7.4%になったのです。これは、明らかに、激変です。
しかし、日本政府に、危機感はありません。まるで、私達は、お伽話の夢の国に住んでいるような感覚しかありません。もちろん、国民の皆さんは、とても不安に思っていますが、政府は何事もないような態度を続けています。
私は、極度の悲観論者ですから、本当に、心配しています。
この7.4%が、何を、どこまで、計算しているのかは不明ですが、半年後には、再び、予測の変更をする可能性が残っているとすると、心配です。
日本の私達の視野に入っているのは、ガソリンの値上げや電気料金の値上げに見られる燃料価格の上昇ですが、食糧や食用油や肥料や飼料の値上げも始まっています。いわゆる、資源価格というものが、軒並み上昇し始めています。これは、世界トレンドです。
日本の今年のインフレ率予測は、今のところ、1.2%とか1.6%のようです。
しかし、4月の消費者物価は2.1%の上昇になっています。この消費者物価指数には、いろいろな種類があり、帰属家賃を除く指数だと、4.2%の上昇です。専門家は、年内は2.0%台の上昇が続くと言っています。もちろん、日銀は、一時的な上昇にすぎない、と言っています。日本でも、予測値の改定は行われると思います。個別の上昇率を見てみると、エネルギーが20%、食料全体では4%、食用油は36%、マグロは17%だそうです。
企業物価の上昇は、既に10%を越えています。
企業は、ますます、人件費の削減に励まなければなりません。
いろいろな商品やサービスの値上げが、度々、ニュースになります。
もしも、国民に購買力があれば、インフレは個人消費を増やし、GDPを押し上げます。では、国民に購買力があるのでしょうか。いいえ、ありません。庶民の節約モードは始まっていますし、今後、節約モードはグレードアップします。なぜなら、庶民は、赤字家計では生活できないからです。企業は、値上げはしたが、売り上げが増えない。売り上げは増えたが販売数量が減る。それは、既存の顧客を失うということであり、顧客離れは、企業にとっては致命傷になります。国民の購買力という名のパイの大きさは変わらないのですから、個人消費が伸びるという結果は得られません。これは、ますます、国力衰退が顕著になるということです。インフレを吸収できる賃金の上昇がない日本では、インフレは、単純に、国民の窮乏化を進める動きになるしかありません。
世界のインフレ率が7.4%で、日本のインフレ率が1.6%だとすると、日本が世界から取り残されているということです。
デフレだからですか。
違います。
国力が衰退しているからです。
「お上」は、「デフレ」という言葉を前面に出し、本質的な課題を無かったことにしています。デフレは、ただの経済現象です。経済現象には原因があり、それが、国力衰退です。
もちろん、IMFの予測は世界の平均値ですから、20%の国もあれば、2%の国もあるのでしょう。ただ、先進国では、7%前後のインフレになっている国が多いようです。そんな差を、「日本はデフレだから」で切り捨てています。デフレは結果であり原因ではありません。
世界的なインフレは、資源価格の高騰が大きな要因ですが、中でも、食糧価格の高騰は人間の生存に直結していますので深刻な問題となっています。
私は、度々、「不幸が不幸を呼ぶ」「不幸の神様は群れたがる」と書いています。
しかも、不幸の神様は、何故か、貧乏人が好きで、寄ってきます。
食糧価格高騰の始まりは、コロナでした。その後に、気象環境の変化による不作がやって来て、更に、ウクライナ戦争が重なりました。その後も、世界各地の気象環境の変化が、更なる価格高騰を助長しています。そして、副次的な要因として、世界中で、資源の取り合いが始まっていて、価格高騰に拍車をかけているという現実があります。
世界は、食料備蓄量の増大に必死です。特に、中国は、世界の食糧備蓄量の半分を占めるほどの備蓄をしています。中国の食糧備蓄は、既に、武器として使える量になっていると思います。中国の戦略には、いつも感心させられます。「自分さえよければ」も、ここまでやれば、武器になるということなのだと思います。それは、中国の国家目標が世界征服だからだと思います。自分の選挙にしか「自分さえよければ」を発揮できない日本とは、大きな差があると感じざるを得ません。いや、そもそも、日本には、国家目標が存在していません。私達は、そんな中国と対峙しなければならないのです。とても、勝てるとは思えません。
2008年の食糧危機では、餓死者も出ましたし、暴動も起きました。
2022年から2023年にかけては、2008年を凌ぐ食糧危機が起きる可能性があると心配されています。食糧危機だけでも大変ですが、危機は、食糧だけで終わるのでしょうか。
今は、世界秩序の曲がり角です。
新しい世界秩序がどんな形になるのかは、まだわかりませんが、世界が変わろうとしている事だけは間違いないと思います。

不幸は、まだまだ続きます。
農産物生産に不可欠な肥料の価格高騰がありますが、価格だけではなく、供給量の不足が、更なる食糧価格高騰を進める要因になると言われています。
ロシアとウクライナとベラルーシは、世界的な肥料輸出国です。戦争と制裁で、そんな国の輸出が止まっているのです。今年の肥料不足は、来年の収穫に影響します。
今、私達の目に見えている不幸だけでも、充分、危険ですが、まだ、見えていない不幸も姿を見せる時が来るかもしれません。いや、不幸の神様は、嬉々として出番を待っているものと思います。今、不幸の神様達は、100年に1度か、1000年に1度の不幸の祭典がやってきたと喜んでいるのかもしれません。
不幸の神様が最も喜ぶのは、やはり、戦争なのではないでしょうか。
戦争は、不幸の神様にとっては、玉手箱のようなものであり、不幸のバーゲンセールでもあります。80年も大規模戦争がなかったことは、不幸の神様にとって受難の時代だったのかもしれません。
そう考えると、人類が向かっているのは、第三次世界大戦なのだと思います。
ヨーロッパでは、既に、第三次世界大戦は始まっていると言う人もいます。
残念ですが、私達は世界大戦を防ぐ手段を持っていません。しかも、第三次世界大戦は核戦争になる可能性もあります。
軍事同盟であるNATOの会議に日本が招待されたり、フィンランドの首相が日本を訪問しています。フィンランドと日本って、首相が訪問するほど緊密な関係だったのでしょうか。ロシアに土地を奪われているという共通項はありますが、日本人にとってのフィンランドは、オーロラとかムーミンとかでしか馴染みのない遠い観光地の一つに過ぎなかったと思います。
これって、普通のことなのでしょうか。
明らかに、時代は動いているのだと思います。
欧州にとっての敵国であるロシアの友好国は中国です。当然、中国との戦いも視野に入れなければなりません。特に、中国の一帯一路の終着点は欧州です。経済的な利益ばかり見ていた欧州は、一帯一路が軍用路になることに気付き始めました。
そんな中国の脅威に晒されているのが日本です。敵の敵は味方ですから、相互連携をしたいと考えても不思議ではありません。ですから、フィンランド首相は、欧州の大使として日本を訪問したのだと思います。

では、この激動の時代に、日本はどう対応しようとしているのでしょう。
目の前に食糧危機という現実が出現しようとしているのです。
この食糧危機は、途上国だけの問題なのでしょうか。
政府は「現時点では、わが国への食糧供給への直接的な影響は確認されていない」と言っています。
では、「現時点」で「直接的な影響」がないのであれば、「将来」の「間接的な影響」については、何の心配もないのでしょうか。
政府は小麦の値上げをしましたが、これは「直接的な影響」の範疇に入らないのでしょうか。
日本は、食料、肥料、飼料を大きく輸入に頼っています。特に、種や肥料や飼料は、ほぼ100%輸入品です。「影響がない」なんてことは、言えないと思います。
大臣は、自分が傷つかないように「現時点では」という言葉と「直接的な」という言葉で逃げているだけです。
自分達は、政府は、何もしません、と言っているようなものです。
何のために、国というシステムがあるのでしょう。
農水省は、「日本の商社は優秀だから、彼等が何とかしてくれるだろう」と思っているのかもしれません。しかし、その商社が、世界市場で「買い負け」をしているのが現状です。確かに、輸出入の実務では商社に頼るしかありませんが、商社に「おんぶにだっこ」でいいとは思えません。国家運営者の責務は、「責任を逃れる」ことではなく、「国民生活を守る」ことです。商社の社員には、「自分達が国を背負っている」という自負があると聞きますが、農水省にその自負はあるのでしょうか。
目的も責務も明確ではありませんので、大臣の発言が逃げ口上にすぎなくても、許されてしまう。いつまで、「なあ、なあ」「まあ、まあ」をやるのでしょう。どうして、国民の皆さんは「知らんぷり」をするのですか。私達の国は、既に、2000万人もの国民が貧困層だと言われる国になっているのです。「欲ボケ老人」に任せておいていいのですか。
福島原発事故の時、当時の枝野幹事長が「直ちに、人体には影響がありません」と答え続けましたが、自民党政権でも同じことをやっています。
このことは、自民党や、民主党の成れの果ての立憲民主党に国家運営を任せておいてはいけないということだと思います。
この国には、新しい政治集団が必要です。国民生活を守るための政治集団です。
この新しい政治集団を誕生させるのが、国民の皆さんの仕事です。
国民の皆さんが「俺には関係ねぇ」と言っていたら、この国は「ドツボ」にはまります。もう、間に合わないのかもしれませんが、それでも、やるべきだと思います。
農水省に限らず、政府の答弁は、判で押したように、終始、「推移を注意深く見ていきます」という定型文で答えます。
確かに、「見ているだけ」ですから、言行一致という点では合格ですが、「見ているだけ」が政府の仕事なのでしょうか。
「見ているだけ」であれば、私にもできます。
「見ているだけ」だけが問題なのではありません。
国民の皆さんが、そのことに異を唱えません。これが、最大の問題です。
あらゆる場所で、「なあ、なあ」「まあ、まあ」で終わってしまうのです。
あらゆることが、棚上げされて、忘れ去られるだけです。
これも、曖昧文化の副作用です。
この国が曖昧文化の副作用で窒息しそうになっていることに、どうして気付かないのでしょう。専門家の中には、曖昧に原因があるのではないかと気付いている人もいますが、どうすればいいのかがわからないから、「まあ、まあ」で終わってしまいます。もう一歩なのに、ほんとに、惜しいと思います。
「曖昧」という言葉の対極にある「定義」という言葉に、どうして、気付かないのか、とても、不思議でなりません。簡単なことだと思いますが、不思議です。
誰も、自分の責務を果たそうとしません。
それは、責務そのものを知らないからです。
誰も、目的を持っていません。
いや、国家運営を担っている人達は、選挙で当選することが目的だと信じています。
こんな国が地球上に存在していることが奇跡に近いと思います。
綺麗事では済まないのは世の常です。
生き延びたいのであれば、それなりのことはしなければなりません。
もちろん、選択に迷うことはしばしばあると思います。
そんな時に必要になるのが、立ち戻る原則ですが、この国には、それがありません。
歴史と伝統ですか。
そこは、曖昧の海です。
何もかもが曖昧なのです。
誰も傷つかないように、「皆で地獄へご一緒しましょう」ということなのでしょうか。
皆で行けば、「地獄だって怖くはありませんよ」ということなのでしょうか。
そんな訳ありません。痩せても枯れても、地獄は、地獄です。
目的を確立し、責務を明確にして、それを原則にし、今は、この難局を、皆で乗り切ることを考える時だと思います。今は、そういう時代なのだと思います。
それが出来るのは、国民の皆さんしかいません。
少なくとも、皆で地獄を目指す時ではないと思います。
今は、国民の皆さんの覚醒が必要とされている時です。
「欲ボケ老人」に国家運営を任せておいてはいけません。


2022-06-02



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