SSブログ

海の果て 第1部の 9( 完 ) [海の果て]

23

一度の連絡もなかった浩平が藤沢の家に帰ってきたのは、真崎組との打ち合わせから半年後だった。
「片山さん」
畑仕事をしていた阿南が駆け寄ってきた。
「すみません」
「丁度、直人も来てます。よかった。よかった」
浩平は、下を向いたまま頷いた。
庭に面した廊下から直人が飛び出してきた。浩平の前に立った直人は何も言わなかった。ただ、ぼろぼろと涙を流した。
「なかに入りましょう」
阿南に言われて、三人は部屋に入った。筒井から譲り受けた時と変わらない部屋は心地よかった。阿南の入れてくれたコーヒーを飲んだ。誰も何も言わない。
疲れているのか、やつれているのか、浩平は以前の浩平と違っていた。
「すまない」
直人が落ち着いた様子で半年間の報告をしてくれた。防衛省の裏金に問題はなかった。真崎組も完全に手を引いたようだ。
「今日、ここに来たのは、二人に話が合って来た。今度こそ、終りにしようと思う。これは、騙しじゃない。人間を殺すと言うことが、これほどのダメージになるとは思わなかった。阿南さんも知ってる通り、品川埠頭で三人を気絶させたことがある。僕は気を失っただけだと思っていたが、三人とも一ヶ月後に死んだそうだ。それと、この前真崎組に行った時に三人を殺した。どれも、刑事事件にはなっていないが、殺人事件に変わりはない。僕はこの六人の命を背負いきれないでいる。三宅組爆破で二十五人を死なせている。祐樹も僕のせいで死んだみたいなものだ。このままだと、百人でも二百人でも殺してしまうことになる。開き直ったつもりだったが、そうはいかないらしい。だから、二人には悪いが、僕はこの仕事から手を引きたい」
「・・・」
「いいですか。阿南さん」
「自分は、片山さんの決めたことに従う」
「許してもらえるか、直人」
「いいですけど、一つだけ条件があります」
「条件は無しにしてくれ」
「駄目ですか」
「もう、直人は自分の足で歩いていける」
「今までの、どうするんです」
「入ってくる間は、貰っておけばいい」
「片山さんは、どうするんです」
「まだ、わからん」
「連絡はできますか」
「それは大丈夫だ。そうする」
「なら、俺は、この資金管理をやります」
「そうか。すまない」
「とんでもありません。きつい仕事を全部、片山さんにしてもらってたんです。俺たち、何かを言える立場じゃありません」
「ありがとう。資金管理をするなら、一つだけ言っとく。こっちからは絶対に動くな。向こうの誘いにも乗るな。入金が止まっても追うな。それができないなら、資金管理をやっちゃならん。僕たちは、金が目的だった訳じゃないだろ。もう、腐るほど金はあるはずだ。約束できるな」
「はい。そうします」
「それと、もう一つ。防衛省の金が入ってきてる間は、新橋の管理も資金洗浄も真崎組にやってもらう。直人がやる必要はない。入ってくる金だけを受け取る。いいな」
「はい」
「直人、やりたい仕事ないのか」
「まだ、です」
「見つけろ。お前とは一生仲間だ。それは変わらない。でも、やりたいこと、捜せ」
「はい」
「阿南さんは、どうする」
「おれは、ここで百姓する。近くにある畑を借りる話もある。大丈夫ですよ。たまには、俺の野菜食べに来てくださいよ」
「もちろんです。阿南さんのコーヒーも飲みたいですし」
「片山さん。防衛省の金、入ってますが、どうすればいいですか」
「直人が決めればいい」
「じゃあ、六人で分けます」
「それでいい。ただし、資金の動き追われないようにな」
「わかってます」
「当分は、ホテルを転々とするけど、落ち着いたら連絡する」
「お願いしますよ」
「ああ」
浩平は東京へ戻った。上野の安いビジネスホテルに泊っている。ホテルの近くから大阪の松木組へ電話をした。松木は東京にいるらしい。教えてもらった携帯に電話をした。
「中野です」
「松木です。また東京ですよ」
「真崎組の誠意は見せてもらいました。谷村さんにも、礼を言っておいてください」
「はい」
「真崎組の取り分、百五十億。元に戻します。資金洗浄は真崎組の仕事にしてください。残りの五十億は、うちの取り分から送ります。僕が行かなくても段取りつけられますか」
「はい。ありがとうございます。谷村が喜びます」
「それとは別に、五十億送ります。三宅組の二十五人と品川の三人、そして西宮の三人の香典です。遺族がいたら、よくしてやってください」
「そこまで」
「もし、あの時、本物の戦争になってたら、こんなことはしません。谷村さんの決断と真崎組の誠意に対する、礼儀です。その代わりに、遺恨はなしですよ」
「もちろんです」
「松木さんは、当分、東京ですか」
「そうなると思います。一度会えませんか。谷村も呼びます」
「やめときます。何かあると、お二人の命が危ない」
「勘弁してくださいよ」
「送金先を調べておいてください。明日電話します」
「はい」
「じゃあ」
「はい。ありがとうございました」
これで真崎組の矛先も鈍るだろう。そう願いたい。


                         完

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。